散歩道<3887>                ,

                 面白い文章
半藤一利様
の話・1、「七面鳥を撃ち落すように」 2、「天佑を確信し全軍突撃せと」

1、「七面鳥を撃ち落すように」・
マリアナ沖海戦の敗北
 
1944(昭和19)年六月一九日、サイパン島への米軍上陸によって生起したマリアナ沖海戦(あ号作戦)は、太平洋戦争中”決戦”という名を冠するに値するに日米海軍の激突となった、しかし、結果はあっけなかった。参加艦艇はアメリカ154隻対日本73隻。空母でいえばアメリカ15隻対日本9隻。航空機891対450機。日本海軍は米海軍と1対2の比率をもって戦わねばならなかった。サイパン島沖に「皇軍の興廃この一戦にあり」のZ旗があがったが、日本海軍は空母3隻を喪失、1年がかりで養成した空母機動部隊が壊滅した。戦果はゼロ。
 日本の航空部隊の戦いは惨たんたるもので、レーダー、VT信管など新兵器の前に、次々に火を噴いた。アメリカの戦史がその模様を「まるで七面鳥を撃ち落すように」と形容するほど、強力な防衛幕のなかに日本機は突入して果てた。未帰還は実に395機。この瞬間に、太平洋戦争における日本の勝機は決定的になくなったのである。



2、「天佑
を確信し全軍突撃せと」・レイテ沖海戦・ナゾの反転
 1944(昭和19)年10月23日から26日まで、フイリッピン諸島の東方海面で戦われたレイテ沖海戦は、史上最大の海戦である。そしてそれは空前絶後、世界史最後の艦隊決戦といえるであろう。艦艇198隻、飛行機2000機が敵味方にわかれ死闘を繰り返した。日本の連合艦隊は、どんな犠牲を払ってもレイテ島上陸の米軍の殲滅を期した。そのため残存艦隊をすりつぶしても構わないと、惨(さん)たる決意を固める。海戦の最中に打たれた電報命令は悲壮この上ない。「天佑を確信し全軍突撃せと」その命令通り戦艦大和を中心に、全艦は一丸となって、レイテ湾に殴りこもうとした。湾内では総司令官マッカーサーが真っ青になっていた。25日正午近く、しかし、天は日本海軍に味方しなかった。ニセ電報を信じた栗田建男中将指揮の艦隊は、湾を眼前にくるりと反転した。アメリカ兵は狂喜した。
 「ヘイ、見ろ。ジャップが、か、帰っていくぞ。オレたちは助かったんだ!」


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