散歩道<3885>
面白い文章・半藤一利様の話 米軍は実戦訓練にとぼしい・玉砕
1、米軍は実戦訓練にとぼしい・軍務局長の拙劣な判断
まことにバカバカしい、というよりも情けなくなるような話を記録として残しておきたい。時は1943(昭和18)年3月1日、場所は衆議院決算委員会においてである。質問に答えて陸軍省軍務局長佐藤賢了少将が、アメリカ軍について「詳細なる解剖を加え」(朝日新聞)で、以下のように答えた。
1、米海軍はまことに実戦訓練にとぼしい。
2、大兵団の運用がはなはだ拙劣である。
3、米陸軍の戦術は全近代的なナポレオン戦術であって、多くの欠陥を持つ。
4、政治と軍事との連携が不十分である。いかがなものか。一九四三年春といえば、ガダルカナル島攻防戦に破れ、米軍の大反攻を前に、日本軍はその対策に窮して青くなっていたときなのである。その時になお陸軍の責任者がこの浅はかな認識とは。とても正常な判断をもつ人間のいうことではない。
と批判するのはやさしい。いまの日本人もややもすると同様の自分勝手な妄想にとらわれてはいまいか。
2、玉砕・アッツ島に米軍上陸
戦時下の日本人がはじめて”玉砕”という言葉を聞いたのは、1943(昭和18)年5月30日の大本営発表においてである。
「アッツ島守備部隊は、五月十二日いらい極めて困難な状況下に寡兵よく優勢なる敵にたいし血戦継続中のところ、五月二十九日夜・・・全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり、その後、通信全く途絶、全員玉砕せるものと認む」
中学1年生の私はこのとき、”瓦全(がぜん)より玉砕(ぎょくさい)”という死の教訓を、先生からしっかり植え込まれた記憶がある。
この悲惨な戦闘がはじまったのが五月十二日、日本軍2500人の守るアッツ島に、大艦隊の支援のもと、米軍1万1000人が上陸してきた。この日、大本営は守備隊に撤退命令を発したが、もちろん届かなかった。
昭和天皇は、玉砕の報に怒りをあらわにした。「このような事態になるとは、前から見通しがついていたはずである。しかるに五月十二日に敵が上陸してから一週間かかって対応措置が講ぜられるとは・・・」
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