散歩道<3864>
美術展・高島屋百華展
高島屋は創業以来今年は180年になるそうだ、ここに展示されている絵は大変きれいな、明るい絵である。百貨店という職業柄か、暗い絵は嫌われたのかもしれない。明治以降は、画家にとっても、大名や武士や庄屋等、スポンサーであった社会がなくなって、企業や、百貨店にスポンサーになってもらうような社会変化が起きたんだと思う。
夢や美を創造する。そして製品化してそれを売るという百貨店の方針でもあるが、江戸時代から明治までを通して、日本で培われた美術工芸品や、絵画の他に西洋に日本を紹介し、輸出に寄与できるものなどなかったのだと思う。明治以降、日本を世界に紹介する為、特に、海外の各国で開催された、世界博覧会や物産展等に物を展示するのが百貨店か、商社であったのでそこを利用しようとした。その事情などもあり、美術品としての絵画制作に百貨店と画家との間に、強い関わりができたように思う。(散歩道<3863>には、竹内栖鳳さんや、名だたる明治の画家の名前が出勤簿にサインされたものも残っている)。
(平山郁夫)さんのアレキサンダーによって滅ぼされた、アイキメネス朝ペルシャの都、”ヘポリス炎上”歴史的には寂しい物語ではあるが、燃え盛る真っ赤に画面一杯の色の中に浮かぶ城壁の遺跡、(奥田元栄)”霧晴るる湖”、のように真っ赤に色ずいた紅葉、又、(杉山魁夷)さんの濃い緑の”深山湧雲”の様な深い山奥の気配、(下村観山)の枝を曲げた”竹の図”、横山大観の真っすぐに伸びた”竹の図”と小さく伸びた”竹の図”、”アメリカ・ロツキー山の雪”(山元春挙)、”日本の吉野の桜”(都路華香)、”ヨーロッパ・ベニスの月”(竹内栖鳳)、世界の山、水、里を代表する絶景が題材となり、ビロード友禅を製作、今から100年前(1910)の日英博覧会に出品し高い評価を得ている。
また、(北野恒富)の婦人画は当時大変な人気を呼んだそうで、何度張っても、ポスターはすぐに市民に持っていかれたそうだ*1。また、(東郷青児)の”花飾りの絵”はファッションの流行の最先端を行くものとして若い女性の気を惹いたのだ。(岸竹堂)の桐に鳳凰は華やかで色鮮やかな景気のいい絵である。(富田渓仙)の”風神雷神”・の二曲一双屏風には、風神は首にマフラーを、雷神は腰に虎の頭の毛皮をつけたユニーな絵である。
それらの絵柄が扇子や、団扇絵に使われたり、又渋い柄模様が陶磁器に描かれたりしたのだ。それは食磁器産業も盛んにし、これらの絵を元に、着物柄が作られたりして、ファッションを生み、ファッション業界も作ることに貢献する。
時代を先取りして進んだ歴史を今も百貨店は歩んでいるのだと思った。
百貨店は今、厳しい状況が続いているようだが、明治以降も夢を我々に与え続けた業界として今後も頑張ってほしいと思います。フレーフレー百貨店!