散歩道<3822>   
                            社説・米軍のイラク撤兵(2)                             (1)〜(3)続く
                              
 重い教訓に向き合うとき
      

「予防戦争」の深い傷 
  
 脅威の芽を独断的に先に摘み取る「予防戦争」は、差し迫った脅威への自衛と国連安保理決議に基ずく武力行使しか認めない国連憲章に反する。
 「予防戦争」へと進む米国にどう自制を促すか。国際社会は腐心した。仏外交官は開戦前に語っていた。「これはイラク問題ではなく米国の問題だ」
 米国務長官だったパウエル氏は大統領に、イラク侵攻は米国にも世界にも「高くつく」と直言したという。占領すればイラク国民の希望も問題も、すべて引き受けなければならない、と。それでも大統領は開戦に動いた。「あらゆる手段でテロを根絶する」というブッシュ流を持ち込んだ戦争、それがイラク戦争であった。
 同時多発テロの衝撃に突き動かされたのだろう。だが、いくら米国の意に沿わない国でも、あいまいな根拠に基ずいて武力行使で政権転覆するやり方では、イラクの人心も国際世論も「対テロ」での結束は困難だ。そんな自明のことにさえ理解が及ばなかった。
 侵攻後に調べてみると大量破壊兵器などなく、戦争への疑問はさらに拡大した。米国が政権打倒を「対テロ戦争」と同一視、旧政権の残党や支持勢力の根絶作戦を続けたことはイラク内で強い反米意識とテロを誘発した。アルカイダなど過激派にイラクでの聖戦実施という「大義」を与え、暴力の連鎖をまねく事態ともなった。


'10.8.23.朝日新聞

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