散歩道<3787>
ザ・コラム・ルース氏と潘氏(2) (1)〜(3)続く
被爆地で語らなかったこと
○ ○
今年、広島で時の人となったルース米大使は、一切の発言を封印して会場を去った。大使館の声明によると「第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表した」そうだが、「原爆の犠牲者を悼んだ」と言わないところに複雑さがうかがえる。
昨年8月に着任した大使は10月に家族と広島を訪れて慰霊碑に花をささげ、原爆資料館をみて「心を動かされた」。核廃絶の目標を掲げたオバマ大統領の広島訪問に可能性を探っているのは間違いない。
軍人として対日作戦にかかわったマクナマラ氏(後の国防長官)が記録映画「フォッグ・オブ・ウォ−」(03年)で告白したように、原爆投下を「戦争犯罪」とする考えは米国にもないではない。だが、米国になお根強いのは「日本の無謀な戦争を終わらせる決め手だった」との見方。大使の沈黙はそのことを物語っている。
ルース氏を迎えた被爆者の間からも「いまさら謝罪は求めない」として大統領の訪問に期待する声が聞こえる。だが、平岡氏のように「ルース被爆者は本当に許してなどいない。原爆の間違いを認めないなら意味がない」という見方も消えない。果たして本当はどうなのか、ルース氏はそれを探りたかったのかもしれない。
たとえ謝罪はできなくとも、何とか原爆の罪深さを語れないものか。被爆者に対する心からの哀悼の念や、見舞いの気持ちも表してほしい。それが大方の日本人の心情ではないか。まだ来ると決ったわけでもないのに気の早いことではあるが、言葉を最も大事にする大統領であればこそ、「大使の沈黙」のその先に期待は膨らむ。
'10.8.11.朝日新聞・本社コラムニスト・*1若宮 啓文氏
関連記事:散歩道<検>戦争、<検>氏名・*1 764、2751、
![]()