散歩道<3786>
ザ・コラム・ルース氏と潘氏(1) (1)〜(3)続く
被爆地で語らなかったこと
広島市での式典に英米仏の代表が初参加して話題になった今年の8月6日。だが、被爆から3年たった1848年の「広島平和祭」(いまの平和記念式)には連合国側の出席者がいた。数年前、そう教えてくれたのは前広島市長の平岡敬さんだ。
気になって統治の「夕刊ひろしま」(中国新聞系列)をみてみると、なるほど英連邦占領軍司令官のローバートソン中将が出席し、あいさつしていた。
めざましい広島の復興を「平和と親善」の決意の表れとたたえつつ、「当市を破滅に導いた侵略戦争などの破局的手段」を口にして、日本の責任にクギを刺しているではないか。平和祭の名が示すように、占領下のこの式典は原爆への怒りを抑え込む催しでもあった。
連合国軍のマッカーサー*2最高司令官もメッセージを寄せていた。前年のそれは、少しわかりやすく書けばこんな具合だ。
「あの運命の日の苦悩はすべての民族の、すべての人々への警告となりうる。戦争の破壊力を助長するための自然力の利用はますます進歩して、ついには人類を破滅し、現代世界の物質構造を破壊する手段となるだろうという警告だ。これが広島の教訓である。神よ、これを見過ごしませぬように」
核兵器の人類史的な悲劇性を語って哲学的ではあるが、原爆投下の当事者とは思えない他人事の感覚にも驚かされる。
'10.8.11.朝日新聞・本社コラムニスト・*1若宮 啓文氏
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