散歩道<3779>
耕論・参りなん、いざ そこにいないが、やって来る(2) (1)〜(2)続く
「お墓なんか要らない」と、散骨や自然葬を望む方が増えているそうですね。墓石の下の暗く、冷たい空間に閉じ込められたくない。もしくわ、死んでまで「家」みたいなものに縛られたくない。なぜになって自由に大空を吹き渡りたいと思う人が、あの歌に共感されたのでしょう。「私もあの歌と同じイメージを持っていた」という手紙を数多くいただきました。
海に散骨したなら、オーホーツク海でも。とにかく海に行けば、そこがあの人のお墓だと考える人がいてもいい。お墓をあまり限定的に考える必要はないんじゃないか、とも思われます。
そもそも日本には、万物に神が宿るという考えがあるじゃないですか。世界各地にも同じようなアニミズムの思想がある。昔の人は、死者がお墓で眠っている、とかたくなに考えてなかったのかも知れない。現代人の精神の古層に潜む宗教観を「千の風」が刺激したのかもしれません。
以前、青森県にある縄文時代の集落跡、三内丸山遺跡を見に行きました。5千年も前の土盛りの墓地だったという場所は今、ただの草原になっていた。だれの言葉でしたか、死者は二度死ぬ、と聞いたことがあります。最初は生物学的に、二度目は生者が忘れたときに。忘れられ、誰も参らなくなったお墓は最後、土にかえる。無常ですね。
しかし生者が忘れない限り死者は生き続ける。日本にはお彼岸やお盆といった、ご先祖に感謝し、供養する年中行事があります。墓前に立ち、あなたを忘れないよ、と呼びかけましょう。きっと風になった死者は、喜んで飛んできてくれると思いますよ。
'10.8.11.朝日新聞・作家・作詞作曲家・新井 満さん
関連記事:散歩道<検>氏名・新井満さん<3405>、<3407>、<検>美術展感想、<検>面白い話、<検>面白い文章、
備考:実にかっこいい葬儀('12.9.10)に出会った。その主人公は僕の入社以来の50年来の友達である。葬儀は橿原神宮前JAセレモニーホールで行われた。100人近い多くの親族、地域の関係者、政界(衆議院議員、県会議員、市長、区役所の人々等)、婦人会の人々、高齢者のグループ、紹介される電報の人々の多様な仕事や、趣味の関係者、元いた会社の同僚や、関連企業の人びと、会場には彼の家族や、生前の絵が何点か展示されている。付け合いの趣味の広さは、詩吟、水彩画、習字、陶芸、カラオケ、パターゴルフ等、好きな趣味がどんどんと広がりとなって出来上がったものと思われる。中高齢者が中心に、男女殆ど同数、この日の別れを、みな辛く寂しく思っておられるように感じられるが、暗さはない。式場には彼の好きな色彩豊かな花であふれていた、それが場内を明るい雰囲気にしていたのだと思う。いざ、車が発車する段になって、彼が生前好きだった歌であろうか鳴り続けた。歌詞は分からないがいい曲であったように思う。その曲を最後に皆と別れをつげ、車は出発した。ご冥福を祈ります。
(現在、新しい文章をHP上で、転送することは出来ない状態が続いているのでこの場所を借りました。)
![]()