散歩道<3778> 
         
                    耕論参りなん、いざ そこにいないが、やって来る(1)           (1)〜(2)続く

 以前、新聞の川柳欄に「墓参り行かぬ理由に千の風」という作品が載って、思わず苦笑いしたことがあります。実は私は、お墓参りが大好きなんです。
 故郷の新潟で母は幼い私の手を引いて、しばしば父の墓に参っていました。そしてなにやらブツブツつぶやいて「ああ、さっぱりした」と笑顔で立ち上がるのです。
 実際にあった、あんなこと、こんなことを亡き父に相談しているようでした。一人問答で冷静になって、頭を整理していたのかな。それで答えが見つかったような気がして、「さっぱりした」と言ったんでしょうね。
 そんな母の姿を見て育ったからかもしれません。長じて私はお墓を訪ね、死者と対話をするのが趣味になりました。
 ミーハーな性格なので、絵画でも小説でも感動すると、どうしても「あなたの作品は素晴らしい」と作者に伝えたくなる。ワーズワース、手塚治虫、マティス、石川啄木と内外を問わず訪ねました。すると、どこからか故人の声が聞こえてくる。感動を伝え、対話するんです。
 「そこに私はいません」という「千の風になって」を訳して書いた私がそんなことを言うと、以外に思う方もいるでしょうね。でも私の中では全く矛盾していません。
 死者は風になり、星になり、鳥になって空を自在に飛びまわっていて、生者が墓を訪れると、きっとどこからかやって来る。お墓はいわば死者とのミーティングルームなのです。

'10.8.11.朝日新聞・作家・作詞作曲家・*1新井 満さん

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