散歩道<3756>

                           Opinionコラム・デジタル化(2)                   (1)〜(3)続く
                            スピードと便利さのわな

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 デジタル化によって、仮想の裏社会が、現実の表社会になっていくようだ」
 そういうのは「近代書史」なども著作で知られる書家の石川九楊だ。「今起きていることの本質は通信の異様な発達。文化を創造するという生産行為には、何のかかわりもない」
 書物は、書き手が無意識の領域から、必死で新しい言葉を汲み上げてきた歴史の累積だ、と石川氏はいう。過去に公にされた意見や論を一つ一つ全部つぶし、ではその上で何をいうか。抜き身で向き合う勝負の気迫が、かっての書物にはあった。
 「チャットはおしゃべり。ツイッターはつぶやき。言葉を生む行為を軽視し、通信だけが異常に特化した結果だ。電子書籍は個人でも出版できるが、編集や校閲という自制もなく、私的な言葉を垂れ流すだけだ」
 石川氏はさらにいう。「言葉は本の手触りや質感に根差し、色やにおいを引き連れて立ち上がる。ツルツルの感触しかない端末では、情報は伝わっても、言葉は立ち上がるまい」
 だが、紙の本の将来については決して悲観していない。
 「消える本は要らない。たまたま書物の形態をとっただけの本が多すぎた。出版や新聞は、バブル期と比べて売行きが落ちたと嘆く。貧しいながら、苦しいなりに、前向きで生きたバブル以前の原点に戻るべきだ」
 紙の本は残るのか。本物なら残る。それが石川氏の確信だ。

'10.7.21.朝日新聞・編集委員・外岡秀俊氏