散歩道<3747> 自分流にまとめた
仕事力・自分のリアリティをつかむ(2) (1)〜(4)続く
「今に見ていろ」は舵(かじ)になる
留学して明確になった。西洋の町と日本は違う 異なったものが接する境界領域の「調停」
米国の大学に留学して感じたものは、建築や都市というものに対して、言葉にしない彼らの暗黙のルールとか暗黙の世界観があることです。中世の城郭都市も城があって教会があって、その他の住まいも一つの秩序で完結していることです。日本からやってきた私が、多元的、多神教的な町の話も彼らは理解しないし、むしろそういう考え方は先生も、生徒も認めようとしない。
それはやはりとても支配的な見方だと思います。彼らの非難を聞きながら「今に見ていろ」とつぶやいているのです。自分は多元的なのが世界の事実だと思っていますからね。
人間が生きている場所は、それぞれに自分たちの文化やライフスタイルや、秩序をもっています。それは小さな村でも、或は異なった人種が隣合わせに暮らす都市でも変わらない。それぞれの地域は独立した古典的な秩序で成り立っている。しかし隣合わせで重なり合う境界には、「分離」や「同化」よりも「調停」という考え方の方が必要だと思う。異質なものを疎外化する近隣紛争ではなく、自分たちの文化を押しつける西洋的な同化でもない。異質を取り込み、時には混ぜ合わせ、豊かにするプラスのエネルギーを生み出していくこと、異質な要素が混在している状況を否定して白紙に戻すのではなく、それぞれの個性を尊重しながらより豊かな境界線をデザインする。私がアメリカから帰って仕事をしたいと考えたのは、強者が弱者を征服し同化する住まい方ではなく、調停しながら共生する暮らしの知恵が日本には脈々とある*1ことに思い至ったからです。違和感の大きさ、悔しさが仕事の方向を教えてくれました。
'10.6.6.〜6.27.朝日新聞 ・建築家・ 團 紀彦氏
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備考:この文章の中に、西洋と東洋の自然(文化)に対する考え方の相違がよく出ている。
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