散歩道<373>

                      
面白い話(44)ポケット・捨てゼリフ

かたえくぼ:「父の日」の贈り物:「スネ当て」が欲しい・・・・・・・・・・・・・・・・父親(昆陽池)

                        袖の下の隠し場所?
「ポケット」

文明開化のころ、日本にない西洋の文物を日本語にするぐらい難事業はなかったろう。とくに、西洋の事物を使った比喩的表現は、現物が日本に入っていようがいまいが、日常的な事物に付随して煩雑にあらわれた、その1例が、ポケット・ディクシヨナリーの「ポケット」である。むろん、当時はまだ洋服は一般化しておらず、「小型」の比喩として、「ポケット」が通じるはずがない。そこで考え出されたのが「袖珍」
(しゅうちん)だ。つまり「そでに入るくらい小型」とう言葉だった。後に本物のポケットは、「かくし」という語で一般化したが、袖の下や公金を着服することの上手な日本人らしい命名で、よくよく「袖」と縁の深い言葉だ。〔樋口清之)

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                          役者のアドリブ「捨てゼリフ」

芝居につきものだが、実際に舞台に上がると、台本どおりのセリフでは、間があいてしまったり、十分に感情が観客に伝わらないことがよくある。そんな時、ベテランの役者は即興で、台本にないセリフをつけ加え、ピンチを脱出する。現代では、森繁久弥
(もりしげひさや)がこの名人だといわれ、逆に芝居を盛り上げている。このアドリブを、昔「捨てゼリフ」と呼び、作者が、「捨てゼリフよろしく」としておけば、あとは役者に任せるものであった。いってみれば、ウイットに富み気のきいたセリフこそ、「捨てゼリフ」の生命だが、作今は野暮(やぼ)な役者が、文字どおり「捨てゼリフ」をはいて芝居を台無しにしてしまっている。〔樋口清之)