散歩道<372>
講演会・梅原猛様・東アジアの文明圏の意味
先日、日文研で梅原猛様の講演会”アジア文明圏の意義”を聞いた。西洋人の東洋についての見方の偏見が指摘されていたように思う。どうもヨーロッパ中心の考え方がある。(東洋人に対する不信感等、その背景にはジンキスカンに蹂躙された昔の思いがあるように思う)。(西アジアは本来ヨーロッパ圏である)。ユーラシア大陸として見ると東(モンスーン)、中央(砂漠)、西(牧畜)地帯という見方があるように思うが、生産、労働という面で見ないと歴史観は出来ないと思う(このことはマルクスも言っている)。特に東洋文明には農業とのかかわりが深い、稲作がセットで、養蚕が中心です。西洋には小麦文明で牧畜がセットということになる。稲作は8000年前?(参考資料P.20)、小麦は12000年前イランで最初作られた。都市文明は5000年前イラクで最初に生まれた。西洋の山や中国の山には木がない。この稲作文明は長江文明から発展されたものと思われる。そこには玉器文明(ヒスイ文舞)が存在していた。かなり発展した状態で都市文明を作っていた。一方、日本には森があり、木もあり、豊な水もある。西洋の文明は人間が中心で、西洋はギリシャ・プラトン(BC427-347)の時代から、人間が理性で支配するもので、自然は立ち向うものと考えられていた。近代思想のデカルト(1596-1650)、ベーコン(1561-1626)の時代もその中心には神が存在していた。自然は征服すべきもので、自然科学、科学技術が支配していく、そのことが人間社会を豊にすると考えられていた。東洋では農業でも人間の力が大切と考え、人間は自然の一部であり、自然や、動物と共存していかなくては生きていけないと考えられていた。それは稲作とも、水や、森とも関係がある、そのように考えると、環境問題でも東洋文化は西洋文化を越えている。日本では一神教も多神教になった。ローマ法王も他の宗教を認めている。今後、世界が共存する為には多神教にならざるをえないだろう。王道(徳と仁)と覇道(武力)の考え方もある。日本は王道の道を歩むべきと考える。一神論でも正義の戦い(EX.今の戦争)と云われるものにも、影に欲望(利権が)感じられる。それに対し、多神論にはもっと大切なものがある、それは思いやりの心(慈悲)だと説いている。政治、文化は共存すべきです、稲作文明を基盤として、(EUでなく)、AU(アジア共同体)を作ることが必要と考えている。このことが、これからも日本は安全な国であるということにもなる。
関連記事:散歩道<368>王道は、散歩道<370>王道,又、関連記事は<270>にもあります。
参考資料:長江文明の探求(新思索社)