散歩道<353>
うつろう100年目の大衆社会(2)・リタイアひとりぼっち 4回に分け報告
高度成長時代は、戦後の復興から明日は、必ず今日よりも豊になる時代を実感。テレビ文化、漫画文化、大量のものを生産し。大量のものを消費しつづけた。団塊の世代(広義には46年から50年生まれをさす)。千万人を軽く越す人の塊だ、そのサラリーマンがまもなく続々と定年を迎え無職老人化する。「数は力なり」、ともかく他の世代から評判が悪い、いわく、(競争が好き、いつも群れ集う、権力志向、すぐ自分の世代のことを自慢げに話す。)しかし団塊の時代は他の時代と代わらない、他の時代と同様、加齢効果で年々保守化し際立った特徴はない。変化を好み、限られた層だが、数が多いだけに、選挙の行方にも影響を及ぼしてきた。団塊老人の家庭はどうなるのか、(企業の使命感が強かった)。リタイアした男性は、家庭や地域での人々のつながりで生きていくより仕方がない。企業の中で生きてきた男性の場合、今後、よほど自覚しない限り、団塊一人ぼっちになってしまう可能性がある。彼等は自己の存在や、人生の意味を探りたい、普通の人向けの出版物が人気を得る、カルチャーセンターや市民講座も盛況。能動的に孤独を選び取れ、孤独を楽しめ、そうハッパをかけている。孤独は、自由な主体である個人が生まれた近代の産物といわれる。”自分のことを考える”が、”他人のことを考える”に成ってしまう。つまり「自分がない人」を前近代人と見立てる。彼等は孤独である必要はないし、孤独であることのメリットもない。「多くの日本人は、だから幸福だったのである」。その後、孤独を感ずる近代人が誕生してくる。人々の関心は急速に私へと向かっていく、宗教、精神世界ブームだ、孤独である事からの自由が、いうほどは優しくないことを自覚したほううがいい。
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