散歩道<352>
うつろう100年目の大衆社会・(1)・メディアが生む感情共同体 4回に分け報告
朝日新聞('04.8.10-8.18)に興味ある[うつろう100年目の大衆社会]の情報がある。@情報の海で・メディアが生む「感情の共同体」。A、団塊の行方・リタイアひとりぼっち。B、孤独の淵で・「ひとり」でも「みんな」でも不安。C、電子の迷路で・ネットに表札、「ブログ」の波紋。D、魔法の森で・他者の欲望が誘うブランド熱。として書かれている。
100年前の1904年は日露戦争がはじまった。メディアが一気に発達した。前線からの速報を伝える、新聞は急速に部数を伸ばした。雑誌、写真画法、記録映画など視覚メヂアも大量に登場した。そうしたメディアの情報によって生まれたのが、見ず知らずの人間の気分を共有する大衆であった。情報の絆によって結ばれた。情報の共同体の人々の群れである。感情ではなく、理性によって議論を纏めていく道を目指していた、日本近代のシステムが壊れた。人々が共有する情報が持続しなくなっている。それは、人々の感情が生活の中に根を持たないからである。どうして価値観が多様化し、自由に情報の選択が出来る時代に、感情の共同体が再び出来上がってきたのか。情報量が多すぎ、全部消化できなくなった結果、人々との判断が情緒的なイメージに左右されるようになった。パロチング(メディアの単純な見方とか、意味を理解せず、人々がくりかえす事)、テレビの報道も娯楽番組化していて、好き嫌いといった、情緒的な部分が強調される。一つ一つのメディアに対する、人々のかかわりが浅くなっている。少ない情報だけで判断しているので、表情の映像や、発言などの新情報が加わっただけで態度を変えてしまう。新技術のメディアが登場する時代には、人々の感覚が不安定になる。人間の感覚が揺らぐ時には、原始的な衝動や感情が力を持つ。日本では感情や衝動をトレーニングする場がなくなっている。
朝日新聞('04.8.10-8.18)