散歩道<3513>

                       opinion・新世界・国々の興亡<3>
                        金融危機後、変わる富の流れ(2)           (1)〜(4)続く         自分流に抜粋したものです  

・・・・我々アジアの国々は1997年と98年に経済危機に直面しました。
  そうですね。ロシアは98年、続いてブラジルでした。でもアジア諸国も含めこうした周辺の国々は、大きな衝撃が来る前に小さな衝撃を受けていたので、大きな衝撃への対応が結構うまくできた。危機への構えが周辺国の方にはあったわけです。中枢より周辺の方が状況がよいというのは皮肉なことです。これは歴史的に珍らしい現象です。しかも、中枢国には金融危機に対する「インフラ」も十分ではなかった。

・・・・金融危機に対するインフラとは
  例えば欧州各国は財政不安に揺れるギリシャに対処する「インスツルメント
(道具)」を持ち合わせていません。混乱のなかで妥協案を思いつくしかないのが実態です。世界経済は一層厳しい局面に入っていく。新興国で起きる危機に対し、先進国は新興国と協調して乗り切らねばならない。しかし、現実に即し、迅速に対応するのは非常に難しい。金融にかかわる規制も同じです。古い慣習が残る金融市場で各国が規制への対応で足並みをそろえるのは、とても時間がかかります。

・・・G20は、世界的な金融危機に対する処方箋を示し、新たな公共財を築き上げる仕組みになり得ませんか。
 G20の枠組みつくりは正しい一歩を踏み出したと言えます。しかし、G20への熱意は少し冷めてきたようです。09年春まで効果的に運用されなかったのも事実です。今後はG20の機構作りに取り組まなければならない。国際通貨基金
(IMF)を抜本的に改革するか、G20自体を機構化するか。そうしてG20を危機対応のインフラにするのです。こうした議論の一方でアジアでは地域主義への旺盛な勢いがみられ、欧州でも域内通貨基金(EMF)の議論がなされている。多国間協調の枠組み作りが正しい方向でしょうが、地域ブロック的枠組み作りが結局、支配的になるかもしれないと市場は懸念しています。

'10.4.13.朝日新聞・米国大手資産運用会社「ピコム」最高経営責任者・モハメド・エラリアン氏

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