散歩道<3461>

                            美術展・トリノ・エジプト展(2)                       (1)〜(2)続く

 あの世(天国と地獄)へ行くための鑑定書としての通行手形が、現世で何をしてきたのかを調べる死者の書でさる当時の宗教家が考え今に伝えられている(パピルスの紙に残っている)。これは、現世にいる人が、やらなくてはいけないことへの指針書としての役割もあったのであろう。
 紙は、大変貴重なものであったので粘土板上(オストランという)に書かれたり、刻まれた文字があったが為(布*6や紙では2000年を越えて残るとは考えられないし無理である)、今の時代まで石やオストランに記憶として残されたものを人が読むことに(フランス人学者・ジャン=ウランソワ=シャンブリオンのように)挑戦できることが可能になったのであろう。
 最初はここに埋葬時に、石で作ったミイラボールと一緒に、財宝を埋めたが、(生前の財宝を、あの世にもって行く為、またこの世に帰ってきた時の為に埋葬時、中箱の中に、いろいろな財宝を残したのではないかと思った)。盗葬にもあうようになり、財宝とミイラ
*2は、場所を別の所に移すようになった。石箱も木簡製に代わっていく、人は誰でも死んでオリシス神となって、死後に再生・復活するというオシリス信仰の大衆化が、遺体を保存するミイラ作りがひろく実施されることになる。
 ミイラボールの外側の箱には、ウジャトの目が描かれているが、自分があの世からまた、この世に復活して帰ってきた時の為に、この世の中で起っていることを、この目を通して記憶として残しておきたかったのではないかとおもった。

関連記事:散歩道<393>エジプト・ピラミッドの船、<430>古代エジプト文明3000年、<2609>*5吉村作治さんのエジプト展<3245>*7英国博物館、

備考:1、*1トキは中国では鶴に代わったのだと思う。散歩道<1399>*1始皇帝と彩色馬傭展をみる。2、*2このミイラがコンピューター・グラフイックで元の顔が再現されていた。3*3エジプトでは猫が生贄として葬られた。
備考:(07)*4神格化された黒いイアフメス王妃の小像(48)*5ステラを奉納するウペンラーの像、ここに天に向かって舟でいくと考えた人が当時いたのだ!!、(109)*6護符のついた首飾り・布では2,000年以上持つとか考え難い。 (トリノ・エジプト展の本より)