散歩道<3433>
社説・イラク戦争検証・日本も国家の責務として(1) (1)〜(3)続く
戦争にかかわったなら、後でその政策決定に至る過程をきちんと分析し、是非を判断する。それは国家としての責務ではないか。ましてや、間違った戦争となればなおさらである。
イラク戦争の開戦から来月で7年になる。当時の米ブッシュ政権は、フセイン政権が大量破壊兵器(WMD)を開発・保有していると主張し、国連安保決議を盾に軍事侵攻した。ところが結局、WMDはみつからず、2001年の「9・11」テロを実行したアルカイダーとの繋がりもなかった。
開戦以来の犠牲者は、米軍と多国籍軍の将兵が約4千人、イラク側は市民も含めて少なくとも10万人に達する。オバマ政権は米軍撤退を進めているが、国づくりは多難だ。フセイン独裁政権は倒れたが、そのために失われたものは、あまりに大きかった。
何が間違っていたのか。米国の情報活動に問題があった。開戦直前、安保理で戦争の「大儀」を主張した当時のパウエル国務長官はその後、自らの「人生の汚点」と振り返った。
あの戦争を支持した日本はどうだろう。国際法上の根拠を欠き、中東情勢を混乱させ、世界を分断させたイラク戦争。日本のかかわりについて検証をしないままでは、国家として無責任とのそしりを免れまい。