散歩道<342>

                            
宇宙の底で・根深きもの(2)、それが戦争          (1)〜(2)続く 

                                        前の<341>から続く

 ムートンらによると、人は何処にいても集団を形成し、集団のメンバー同士特別な感情を持ち、外部の人間に対しては攻撃的になる。この気質的な固定観念は、「内集団・外集団偏向」と呼ばれる。このような偏向は、年齢、性など何についても起こるが、宗教や民族主義という形で起こることが多く、その場合は固定観念が特に強固である。心理学者によると、偏向は他のどのような心理学的な事柄とも、比較にならないほど普遍的で根深いものだという。一旦この様な偏向に人々が陥ると、自分のグループ以外の者は人間と見なされなくなってしまう。そして、彼等をどのように扱っても罪の意識が起こらない。勿論殺してもさしつかえない?。こうして内集団・外集団偏向、怪奇といっていいほどの残虐さを見せることがある。人間のこの性向は戦争の場合、非常に強く表れる。この他に大きな力を持つものは、人間の持つ誇りである。戦争に勝たなければならないと思わせる気持ちの大きな部分が誇りに根ざしている。一般の兵士の間では、残忍性、内集団・外集団偏向、誇りは、戦争の三大要因である。この3つは、深く人間の本性に根ざしていて、簡単に取り除けるものではない。現代の戦争は、個人あるいは集団の利害、権益獲得と強く結びついている。これも人間の欲望と結びついて、非常に根の深いものである。1986年ユネスコは「暴力についてのセビリア声明」を出し、「戦争は人間の本能だという暗い考えを捨てて、平和を築こう」と呼びかけた。この声明の骨子となっている考えは、「戦争が人間の本能であるという考えは、科学的に間違っている」というものである。私は「戦争は人間の本能であるという考え方は科学的でない」とはいえないと思う。勿論今の段階で本能であるともいえないが。ここでいえることは戦争というのは、非常に根深い問題で「平和、平和」と唱えたぐらいではなくならないことだと思う。戦争について、DNAレベルまでさかのぼって深く研究して、なぜ戦争がおこるのか、どうしたらそれを防げるのかを多方面から研究することが必要であろう。

関連記事:散歩道<247>にあります。
備考:
正直のところ私は、宗教についてはよく解らないが、正しい宗教(戦争をしない)と正しくない宗教がある事を判断することは大切なことと思う。上記?は私の考えの?です