散歩道<3379>
講演会・日本文化の形成及びその特徴(2) この講演を自分流に纏めた (1)〜(3)続く
日本でも聖徳太子は隋の陽帝に「日出処天子・・・」より来たると貢物を献上しているが、この国では「太陽を崇拝している」証拠でもあるが、記述として確認できるのは「日本書紀」以降の話である。
712年古事記の「倭」という国が、720年の日本書紀には全部「日本」と書き換えられている。ここで何かが起ったことは間違いない。720年の「日本書紀」ができた時に日本文化の形成期が終わった。日本書紀の「日本」を標識に民族共同体のアイデンティティーが成立した。「大和」を最高の漢字として考えた。
「記・紀」は官制史書で、その撰述の目的は、民衆に対して成立したがまだ安定しない、中央主権制・・天皇朝廷の存在感と正当性を強調するものであった。
神道成立の問題では、縄文式や弥生式時代の原始の宗教、自然発生的に生まれ育った民俗信仰、自然信仰が後に中央豪族や天皇朝廷の歴史の発展と結びついて国家のイデオロギーの代表的なものに作りあげられていったのである。このような神道は「古事記」、「日本書記」*4、「古語捨遺」、「宣命」など「神典」と称うされる古典を規範として、一般の宗教と区別できる。
講演会・「日本文化の形成及びその特徴」・講師・中国社会科学院日本研究所教授・蒋立峰氏、 コメンテーター国際日本文化研究センター教授・笠谷和比古氏
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