散歩道<3366>
社説・人材をどう集めるか(2) (1)〜(3)続く
鍛錬の場としてプロ育てよ
こうした図式は戦後も続いた。「国民政党」を標榜(ひょうぼう)し、一党優位を築いた自民党の主なリクルート先は、まさに地方議員、官僚、財界人、ジャーナリスト、の四つ。1980年代にニューリーダーと呼ばれた「安竹宮」の安部晋太郎氏が記者、竹下登氏が地方議員、宮沢喜一氏が官僚の出身。これに財界出身で一時、首相候補と目された河本敏夫氏を加えると、四つすべてがそろうのは象徴的だ。
90年代に変化が現れる。ひとつは自冶体の首長級の進出。滋賀県知事だった武村正義、京都府副知事の野中広務の両氏はその代表格だ。更に松下政経塾出身者のような一種の政治のセミプロが、政策専門化を目指して議員になるパターンも増えた。民主党議員や自民党の若手によく見られるタイプで、「小泉チルドレン」にも政策知識を持つ議員が多かった。
こうした人たちに共通するのは、党内でたたきあげる必要を余り感じていない点だ。議員を鍛錬する場であった派閥が90年代以降、急速に弱体化していったことも、その傾向を後押しした。
そのころから急増した世襲議員もまた、たたきあげに冷淡だった。世襲の先輩である橋本龍太郎氏、小泉純一郎氏、小沢一郎氏らが、派閥政治のただ中で政治技術を磨くのをいとわなかったのと好対象をなす。そのせいか、安部内閣以降、なにかと批判された世襲議員には、鍛え抜かれた芯の太さといったものが乏しかった。
'10.1.30.朝日新聞・東北大大学院教授・牧原 出(いずる)さん