散歩道<3351>
opinionn私の日韓・100年の明日・ニッポンとコリア(1) (1)〜(4)続く
民族主義者として韓国を理解
・・・中曽根さんが首相に就任した直後の1983年1月、電撃的に訪韓で外交を始めたのを思い出します。全斗煥(チョンドウファン)政権でした。
「北朝鮮に向き合う韓国から安保の経済協力を求められ、前内閣で交渉がこじれて途絶していた。これを打開することが対米関係打開の第一歩であり、アジア政策展開の第一歩だ、と。瀬島龍三さん(伊藤忠商事元会長)に裏交渉を頼んだらうまくいって」
・・・冷戦下の日韓結束ですね。前年は日本の歴史教科書が歪曲(わいきょく)だと大騒ぎに。65年の日韓国交正常化から20年近くで首相公式訪問が初めてというのも不思議でした。
「それまで米国ばかりを考えていたからね。私はそれをひっくり返した。韓国を真っ先に選んだから感激してくれましたよ」・・・夕食会では韓国語で挨拶し、韓国の流行歌まで。
「風呂で発音を繰り返したり歌の練習をしたり。『チョンドゥファン・テートンニョンカッカ(全斗煥大統領閣下)』って。日本は漢民族にずいぶん迷惑をかけてきた。韓国の民族意識を考えたらそうしなければと思った。反省と協力で行動で示す必要があった。」
・・・翌84年には全大統領を招き、昭和天皇との歴史的な会見も実現させました。
「陛下のお言葉をめぐって苦心しましたねぇ」
'10.1.27.朝日新聞・元首相・中曽根康弘氏
関連記事:散歩道<検>氏名・中曽根康弘氏.139.381.942.2138.2633.2648.