散歩道<3321>
2010年 どんな時代に デフレ経済と社会 共存共栄 探るべき時(4) (1)〜(4)続く
安売り競争 自分の首を絞めている
市民が主役になれるか
そもそも経済活動とは人間の営みです。日本の戦後復興には、重工業を重視する傾斜生産方式が寄与した。経済安定本部(その後の経済企画庁、内閣府)という枠組みもあった。でも、敗戦で荒廃した国土を復興しようというエネルギーになったのは心意気、気概でした。
労使も対決している時ではない。経営者側は「こんなときは賃上げしないとまずい」と考えないと。労働側もどんな貢献ができるかを考える。よく例え話に出されますが、フォードが創業期、市場での優位性を確立するには、従業員には自社の車を買えるだけの賃金を払う必要があると考えた。自分がつくっている車が買えない、これではおかしい。
大航海時代から産業革命を経て、国民国家が形成されたのが、これまでの歴史です。国民国家の中で、労使対立の構造ができて、資本主義が動き出した。戦後は、国民国家の葛藤(かつとう)です。そして20世紀の最後の10年で国民国家を基礎単位とした世界が、グローバル資本主義によって壊れた。
次は、グローバル市民主義の時代です。人類が経験したことのない世界。だけど、我々は、今までの古い知恵でしか動いていない。まだ現代は近代史の延長上にある。10年続くデフレも、人間らしい活動を取りもどせるか、見えざる神が我々に下した鉄槌(てっつい)なのかもしれません。
カギとなるのは「一寸の虫にも五分の魂」の思想でしょう。その魂をどう光らせるか。経済活動とは、人と人の営みです。地域社会、地域共同体を構成している市民が主役になれるのか。グローバル市民主義への道筋を、どう具体化するのか。次の10年に、我々が問われているテーマです。
'10.1.4.同志社大学教授・浜 矩子さん
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