散歩道<3317>
NHK・日曜美術館・ロスコの絵(2) (1)〜(2)続く
資本主義は何に対しても、価格の尺度を持とうとする、今の時代は何でも説明しようとするがそれができない。彼の最後のモノクロールの黒の絵には恐ろしく奥深い生命の手触(てざわり)りや、決定から解放された、意味の離間の外にある何かわからない、言葉を絶する芸術(言葉を失う大切さや怖さ)がある。
彼は、これ以上は行けない、描くものが(画家)行き着くそこへ行ったのではないか。
20世紀は2つの大きな戦争、世界金融恐慌など、人間にとって美しいもの、幸せなもの、敬虔(けいけん)なものがそうでなくなった。絵画に調和がなくなっていったといわれ、世界と人間の目がいがめられ、不可能への欲望が生じた。
図録を見たり、テレビで絵を見ても何も伝わらない。目で直(じか)に絵を見るということは、人間が身体全体で見る行為であり、ただものを見たということとは全く違うことである。
阪神・淡路地震にあった時、何もいろんなことを考えられなかった、ただ死ぬかもと、死の予感のようなもの(恐怖)を感じた。そんな経験がそれに近いものだったのかもしれない
自覚意識がなくなるように(自分が無くなる)、目の前にある絵だけでなく、絵の前にあるすべて、どの絵、どんな色も、どうでもよく、遥か人類数3万年前から20世紀まで何年もかかって辿り着いた彼の絵、それは人間とは何かという問いかけである。命とは何だ、言い表せない、そこに描かれた呼吸しているような黒の絵に、意味はよく何かわからないが手触りのようなものを感じている。
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