散歩道<3316>
NHK・日曜美術館・マーク・ロスコの絵(1) (1)〜(2)続く
右は、マーク・ロスコの作品
'09.7.19、12.13.NHK日曜美術館「ロスコの絵」の絵を見、話を聞いての感想・高村薫*1さん、妻尚中*2さんの対談から自分流に纏めた。
小説家や画家は世界と立ち向かう時、何かの形にする。小説家は、それは文章であり、画家はそれが絵ということになる。彼の絵には、小説で語られる、言葉が絶する恐ろしさがある。作家が言葉を使っても、何も描けないものもあるが、それに似た感覚をこの絵を見て感じる。それが何だかは、意味は何かわからない説明できない五感(ごかん)に、ざらざらした・丸い、恐ろしく見える・生命の手触りのようなものを感じる。手触り感(ざわざわ)がある限り、作家は物は書けると思う。
・子供のころから、なぜ普通に見えるものを抽象的に描いたり、逆さまだったり、ゆがめて描くのか不思議であった。画家にとって、失われていく時間とは、必然とは何なのか、基定(きまり)があるのか等、疑問に思っていた。
・マーク・ロスコ(1903-70)はロシアのユダヤ人家族に生まれた。若い時から、差別や、迫害にあい、家族でアメリカに移住する。ロスコはイエール大学で最初は心理学、グラフイックデザイナー、絵画の勉強をする。第2次大戦後、芸術の中心はヨーロッパからアメリに移る、その中心人物がロスコだった。彼の現代アートの作品は、現代アートとしては最高額の87億円で売買された。
鬱屈(うっくつ)したロスコの思い、何も表現していない彼の抽象画(悲しみ、喜び、絶望)の作品、「顔のない人間」、「無題」、「赤の中の黒」、「N0.5」、「N0.7」、「N0.8」、「太陽を曳く馬」等。 黒色*3、点、線、面、形、あるものは丸等は、自分が存在しているということからも自由にしてくれる。軽くなって行く自分を感じた。
彼の黒の絵は人間の生命の手ざわりである。命とは何だという言い当てられない何か。冷たいけれどそうでもない。楽しいかというとそうでもない。悲しいかというとそうでもない、臨界点のようなものだ。彼の絵を見ていると、全く新しいものも見えてくる。
無条件に危機の中で命が希薄になっていく、宇宙遊泳のような、自分の自我がなくなっていき、武装解除され、消えていくような、心地よさがある。
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