散歩道<3303>

             発想の転換・ツッコミとボケの必要なのは(お笑いや、会話、会議だけでなく)文章でも同じではないか。

 ツッコミとボケの話で気がついたことがあるから紹介しよう。今まで意識したわけではなかったのだが、以前全国や社内の支店)の会議や町内の(班長)会議でも、どうも私が発言した後に、皆から堰止めを切ったように色々な人から意見が出て、場内の雰囲気が何か変わったようになるのである。それがなぜか自分ではよくわからなかった。この文章*1を読んで、ひょっとしてボケの役割を私が果たしていたのではないかと、今思い出している。言い換えれば・少し変わっているのかもしれない?。散歩道<3000>*1仕事力

 @、
ある学会で、司会者発表に遠慮してか、フロアーの皆さん一生懸命勉強して出席され、(都道府県の代表者で実力あるに係らず)、司会者の言うような新しい取り組みをしていない自分が悪いのだと受取られる発言をされていた。 私は「司会者の発表の内容はしすぎてよく分からいが、このような分かり難い発表が私は大好きです」と言った途端、場内で笑いが起こり、雰囲気は一変し、一気に和やかになり意見が次から次へと飛び出した。
 
A、ある会合で、発言者の性格なのか、ぼそぼそとトーンをはずして話す人に、皆が笑いを誘い、ほっとする場面に何回か出くわした。
 
B(お前の)口からそのような話が出てくるとは全く考えなかったと、皆があっけに取られていたようで、後は、次から次へと皆が発言するようになった。この話も合致するようだ。

上記のことは、
口頭(会合)の場での話で、文章の分野とは関係ないと思っていたが、最近、ボケの文章(文章の場合はボケの突っ込み=面白い文章=息抜きの文章や、とんでもない発想など)等がそれに匹敵し、必要なのではないかと今思っている。
 
この散歩道でも、映画は面白くなくては、意味がない*2。多くの観客が見に来てくれない映画は作った意味がない*2 *4と発言されている。
 人を引き付ける文章の
*3必要性や、講演会で聴衆を引き付けるジョークや笑いを入れ、関心を引いた話も紹介しているが、お笑いの世界以外の、文章の世界でも、それ(ボケ)は、必要なのではないかと、思っている。 2010年11月27日

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