散歩道<327>
              最近の面白い本・(2)・吉田秀和様・物には決まったよさはなく・音楽・絵画について
                      
音楽について〔これだけは聞くべきという10曲に関して)
1.何でもよい、他人から教えられたと言うだけでなく、その曲によって自分の中の何かが動かされ、ゆさぶられて、なにかにつけて、その曲といっしょにいるうちに、ほかの曲にもなじみができる。こうして、だんだんと輪がひろがり、それまで自分の中で音楽と無関係だった部分にまで、音楽とのつきあいがはじまるというのが自然の成り行き。最初の音楽は小学校の唱歌、それから国の民謡、(故郷の空)とか(アニー・ローリー)、その次はピアノで習ったモツアルトやバッハの曲、それからベートーベン、この3人には音楽ABCと最高究極との両方がある。最高となると、モツアルトでは(ピアノ協奏曲)とオペラ(フィガロの結婚)を上げようか。どちらもおよそ生きる歓びと悲しみがあふれるほど盛られ、しかも「形」の美しさモツアルト、表現の上品、優雅の点で、人類がついに2度と持つ機会をあたえられずにきたような名作である。バッハでは(マタイ受難曲)かロ短調ミサ曲。音楽が人間の持つ宗教感情と交わる接点に立ってもっとも感動的な実を結んだ二大巨峰。ベートーベンの(第9交響曲)をしらない人はいない、全人類に呼びかけ、音楽を通じてきき手の胸に一生忘れられない感情と生きる勇気を刻みつけようという途方もない目標に挑戦、達成した記念碑的大作だから。以上が基本的で、しかも最高の住む領域である。次にはロマン派音楽ではシューベルトの歌(冬の旅)、シューマンの(ハ長調の幻想曲)やショパンのピアノ曲(練習曲)ブラームスでは(第4交響曲)、ロマン派音楽は甘さ、華やかさ、愛の喜びと悩みといった情緒的表現に特徴がある。
2.ゼルナーたちはオペラは舞台の上と下で起こることの全部、歌、管弦楽、語り、動作から衣装、装置、照明といった一切が、一つのイデー
〔理念)によって統一された全体として提供される。
オペラは音楽を通じてでなければ表現できない劇なんだと言うことを日本の聴衆にはっきり掲示した。  

絵画について
1,セザンヌは線でなく色彩によって描く、色彩が充実豊富になればなるほど表現は精密・的確になる。
2,色彩には固有の性質、明と暗、暖と寒とで整理できる
、(明と暖は近より、寒と暗は遠ざかる。オレンジや赤は前者、青とか紫は後者)
3,セザンヌは本来形を持っていないものが描かれている。山や谷のたたずまいよりも、むしろ太陽の呼吸、その光の柔らかく流れる風の感覚があった。
4.ベートーベンの楽譜は、セザンヌの絵と似た事情がある。読んでいるだけでも、不思議に思われたり、バランスが狂っているのではないかと不安になったり、音を想像するだけでちょっと船酔いに似ためまいを感じたりする。そうしてそれに耐えて読み続けているうち、こういう何曲かの音楽にしかない不思議な国に精神がつれてゆかれるような気がするようになる。ベートーベンとセザンヌの2人の芸術に共通するのは、それがきれいとか汚いとかとはかけ離れたところにある1種の「美」を持つこと、もしかしたらそれは、美というより「真実」という方が正しいかも知れないものの閃きを感じさすからではないかと、このごろ思うようになった。