散歩道<3243>
                           ローヌ・アルプ地区(リヨン)・(4)

 リヨンはノートルダム・ド・フルヴィエールバジリカ聖堂を山の頂に見る昔からの商業都市である。この聖堂の数多くの旧さを感じさせる宗教画、ステンドグラスは見事だ、聖堂一杯に寄進者の名が刻まれているのも印象に残る。昔は織物が盛んであったらしい、展望台から旧市内、ソーヌ川、新市街、ローヌ川、パーデュー地区と段々と近代的になっていく街の様子が分かる。今もトラブールという路地と路地とを結ぶ抜け道が残っている。ここに、人目に触れず注文の品を貴族に届けたり、第2次世界大戦の時は、パルチザンとしてナチスドイツと戦った歴史があるという。この町で、だまし絵*1の話を聞く、元は窓の数によって税金が掛けられたことによる。その為に窓の数を減らそうと努力した結果だそうだが?、これはこの街の現在の特徴ともなっている。この意味が色々と変形したのだそうだ。
 旧市街のサンジャン大司教会の外装の人物像には首から頭の部分が全部削られている、宗教改革時にそのようにされたそうだ。その商店街には多数の国からきた人種のルツボという感じで、すれ違うほどの通路に、買物を求めて来た楽しそうに見える人々に、生きる力のようなものや、むんむんしたものを感じた。このような市場
(いちば)は、しかし、時間により出店されたり、仕舞われたりし、元の町並みに戻ったりする。
 夜食時に、現地のサラリーマンの男女20人の人と同席になったが、何しろ彼らはでかいし、よく食う、身体能力で優れる彼らとは格闘技では、やはりかなわないだろうと実感する。我々もよく喋っていたが、彼らも会話が途切れることなく弾んでいる様子である。
 
・街の4階の駐車場の屋上一杯に、植樹された木が植えられていた。以前はヒートアイランドの為か?、今はCO2削減の為の方法なのだろうと思う。
 ・フランスのどの町でも a hyarmacy(薬局のマーク)が目に付いた。それがドイツ語、フランス語、英語、日本語、スペイン語である。2012年9月1日
 ・ 衛生感覚も日本ほど厳しくはないようだ。今回の旅行中、どのホテルでも、百貨店でも水洗の便器(TOTO)が使かわれたところに出会うことはなかった。
 ・
この国は時間に関する対応は、緩(ゆるい)いように思うaboutとは西洋のために作られた言葉とも聞く)*2日本ほど正確ではない、新幹線でも平気で1020分は遅れるのだそうだ。
 

 今回
日本を出発する時、新インフルエンザの心配はしたが、この旅行を通してマスクをしている人に会ったことは、殆どなかった。トイレには、たまに手洗い用の薬剤が、置かれていたのを利用したことはある。
 南フランスの高速道路は所々が意識的にカーブして作られたり、別の道路と交差してつくられているものもあるそうだ、その理由は、あまり直線が長く続くとと眠気を催すことがあるからのようだ。また、速度表示器には、ここから何キロ先まで制限速度を調べますよと表示されているのがある。守らない時は勿論違反運転として、写真に記録されるそうである。

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