散歩道<3218>
講演会・他者と出会うために日本文化の論じ方(2) (1)〜(3)続く、
2、日本文化と私のあいだ
日本社会の中に生まれた瞬間から、私は、日本文化にあこがれ、成長するにつれ、そこになじんで過去のことを忘れて今を生きている自分に気づくのである。
そうして自分流儀の生き方でそこで住んでいるのである。(フランスに住む日本人であったり、ニューヨークで住む日本人になったり、最もユダヤ人らしいパレスチナ人のように、相手も代わり、自分も代わものである。そこでは、色々な文化が融合されて我々は生きるのである。)
異種混淆性、(hybridity=雑種、混成)
人は、自分の経験から過去を切り離すことなど出来ないものだ、それは(人から影響を受けているからだ)、それから逃れようとするよりも、それを受け入れる方がずっといい。堅牢な固体としての自己という概念、多くの人が重要視するアイデンティテーに縛られているよりも、時代の潮流に流されている方が自分にあっていると思うのである。
(内部と外部)の二分法を超えて(内部=居心地のよさ)と(外部=居心地のわるさ)。例え、人と接するということは、居心地悪さや戸惑いを感じても、他人と会うという行為を避けて通ることなど出来ないのだ。
知識人は、孤独なものである、孤立を恐れてはいけない、勇気を持って声を出すことである。
'09.10.29.国際日本文化研究センター准教授・磯前 順一氏
この冊子で紹介された人、熊野純彦「レビィナス入門」、E・サイード「権力、政治、文化」、「遠い場所の記憶」、酒井直樹「過去の声」、バトラー「生のあやうさ」
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