散歩道<3205>
社説・新政権の日本・「学校自治」に変えてゆこう(3) (1)〜(3)続く
「学校理事会」を核に
核となるのは、親や地域が学校づくりにかかわる学校理事会だ。
地域の実態や子ども一人ひとりに合わせた教育を、ひざ詰で話し合う。学校理事からカリキュラムの組み立て、教科書選択、校長の人選まで、信頼関係の中で決めてゆく。教師の創意工夫を尊重し、質の高い実践が生まれるよう支援する。そうした「学校自治」が実現するならば、学びの場は大いに元気を取り戻すはずだ。
学校と地域が連携する試みは、各地ですでに始まっている。教員の人事に意見を言ったり、行事を一緒に考えたり、ボランティアが学校にはいったり。だが、制度的な限界もある。
学校理事会をお飾りにせず、どれだけ学校運営を任せられるか。学校理事会をチェックする方法は。地域の学校以外の選択肢をどう確保するか。大変な宿題が山のようにある。
教育委員会と自治体の長との関係については、熟慮が必要だろう。
形骸(けいがい)化した教委の現状は、もちろん問題だ。だからといって、市町村長に教育内容の責任まで負わせてしまってよいのか。肝心なのは、教育のあり方に地域の人々の意見を反映する仕組みをどうつくるかだ。教育委員公選制の復活を検討してもいい。
親や地域住民である私たち自身の覚悟も問われることになる。
「公教育は行政から提供されるサービスだ」。そんな意識がはびこっていないか。経済危機が家計や雇用を直撃しているが、私たちが学校づくりを引き受けることは、市民社会を鍛え、豊かにすることにつながる。
学校自治の実現に向け、国民的な議論を巻起こしたい。口火を切ることが政治の役目である。
'09.10.19.朝日新聞
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