散歩道<320>

              発想変化の時代(1)1、アーカイブの文章を現代の目で開く2、会社のアーカイブ?の文章・見直してみる ・・・・・・・ 発想を変える 

1、アーカイブの文章を現代の目で開く
 最近、絵画を色々の形で保存しようという情報を聞く機会が多くなった。その考えに拍車をかけているのが、一つにはデジタルカメラの機能や印刷の技術が進歩した結果であろう。最近本屋や図書館に行って、実に綺麗な写真の本が所狭ましと置かれていることに気づく。アーカイブとは、もとは文書や歴史書の記憶だそうだが、文書については絵画以上に多くのものが、今まで大切に保存されてきているように思う。歴史上に生きられた沢山の人の知識や知恵のすばらしいもの等がこの世に存在すると思う。多くのこれらの資料をもう一度(参考に)、現代の感覚で歴史を見直す必要があるのではないかと思う。科学技術の歴史はこの5〜30年程は100500年前の歴史に匹敵するかもしれないと思うが、特に日本では科学を最重要項目として成長させた為、多くの必要なことを精神的な面では、むしろ置去りにして今まで突き進んでこられたと思う。今、必要な精神的なものや、(科学と比例して進歩したのではなく)、忘れさられているものを調べて見る必要があると思う。
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2、会社のアーカイブ?の文章・見直してみる
 例えば会社の提案制度
(名前は色々あるだろうが)は各社あるはずであるが、その内容が、(当時としては)時期が早すぎたり、採算が合わなかったり、評価されなかったり等して、採用されなかったのも多くあるように思う(これがほとんどである)。それが採用されていたなら?今から見てもかなりの貢献できたのではないかと考えられる提案もあると思う。会社にある数は大変な量になるはずである。会社に勤めるとは提案にも全力を尽くす、そういうことをいうのだろう。埋もれた中に今(それが活かされれば)輝く提案が隠されているかもしれない。(複数関連ずけることにより、今、その提案が生きてくる)そんな意味からである。

備考:'09.4.NHK・TVで、会社に眠っている情報をもう一度掘り起こそうという提案がなされていた。反古にされた原因に、1、時期が早すぎたか、2、当時では経費が掛かり過ぎたか3、当時の実力者の意見に押されてその意見が採用にならなかったというのもその原因であるようだ。