散歩道<3193>
記者の視点・モラトリアム金融行政の軸足を債務者に(1) (1)〜(2)続く
亀井静香金融相が打ち上げた「借金モラトリアム」は、金融行政の盲点にいる「弱い債務者」に照準を合わせた・貸手である銀行にあった行政の軸足を「金融消費者」に移すのは時代の流れといえる。
日銀統計によると全国145銀行の中小企業融資残高は7月末で177兆円。統計が始まった00年10月は229兆円だった。9年で52兆円減っている。どこに流れたのか。国債である。00年1月は48兆円だった銀行の国債運用はこの7月末で113兆円。65兆円も増加した。
公的資金を注いだのは「銀行経営を助ける」のではなく「金融システム」を守るためと説明されてきた。産業の血流を毛細血管まで流す。それが公的資金の大義だった。
だが銀行は貸し渋り、安全な国債に逃げた。何が起きたか。「倒産件数は毎月1300件。今年に入って負債100億円以上の倒産の36%は貸金手当てできない黒字倒産です」(友田信男・東京商工リサーチ情報部上席部長)。
経営判断に委ねれば銀行は身を守るため貸し渋る。政策誘導が必要な局面である。
銀行が3年ほど元本を据え置くのは無理なことではない。金利が入ることが大事なのだ。法律が出来て当局に指図され、経営の自由度が狭められるのはイヤだろう。ならば公的資金とは何だったのか。国が大株主になる「異常」な政策を受け入れたのは銀行自身だった。危なくなった時は「異常」もOKだが、債務者の危機なら関係ない、というのは理屈に合わない。
'09.10.4.朝日新聞・ be編集グループ・山田 厚史氏