散歩道<318>

                          1、岐阜県・昭和村・明治村・2、昔から教わるもの      ・・・・・・・ 発想を変える

1、岐阜県・昭和村・明治村
  岐阜県に日本昭和村の面白いのは(名誉村長は中村玉緒様)、我々の子供の頃の菓子や遊ぶ道具(竹馬等水鉄砲、ビー球、メンコ等が数多く集められていることである。当時、田舎へ行けば見ることが出来た蚕、わら草履、田植えの機具等、当時の山彦学校、給食や、図工や黒板など実に面白く楽しいもので一杯である。現代として興味あるのは、自然食品の加工(当地域で栽培されたものが健康食品になっている)等、健康的で自然食のよさ(味等)を感じさせるものである、この地区ならではの名産が話題になるような気がした。又、体験学習(食・クラフト・自然)も実に色々の種類があり、懐かしく今の時代こそ必要な気もした。Handsの店や日曜大工の原型もここにあるのではないか、私は全国から引き合いが多くあるのであろうと思った。

2、昔から教わるもの
  明治村は当時の面影を忘れないようにする意味では実に楽しく、つい最近までこれらの多くの建物は現役で活躍していたと思うと感慨深い。(巻末の移籍年度別一覧を見ていたらその思いを強くした)。日本が急速に世界の列強に追いつくために大変な多くの工夫と、素早い西洋文化の吸収に努力されたかが解るような気がした。江戸末から明治になり、一気に西洋化の道に進むことに抵抗するものは当時、日本にはなかったのかもしれない。又、多くの日本人留学生が当時から西洋諸国へ行かれ勉強し、その知識を日本に持ち返り、活かそうと努力されたと思われる。建物自身は当時の最先端を行く随分個性的なものが作られた事が解る。この時代、技術も知識も西洋以外には存在しなかったのかも知れない。これらのステップを踏んだから現代の知識に生かされ、飛躍出来た基盤になっていたのであろうと思う。(この中でも私は北里研究所本館と当時の顕微鏡などに興味を覚えた、明治以降、多くの人が結核で亡くなられた話を聞くことが多かったのを思い出す)。

3、ウィークデーであったが、台湾や中国、韓国の生徒の団体旅行客が見学に来ていた。日本人のこの時代の日本の歴史に関心があるのかもしれない?。このような過ぎ行く昔を、記念に残すことは実にすばらしいことだと思う。これらの施設は一地区に集めて特別な方法で、管理する事を考える方法以外にはない、必要なことのように思う。
2012年5月14日