散歩道<3170>

                       講演会・立憲政治と政党政治・・伊藤博文の遺産(2)           (1)〜(4)続く

伊藤の描いた国の形(1)  明治憲法制定

  伊藤は、ヨーロッパでの憲法調査のため、英国、フランス、ドイツ、オランダ、オーストリアで2年間、勉強する。
  大日本帝国憲法
(明治憲法)は天皇に権力が集中したものになっている、(どのような憲法を作っても政治がしっかりしていなくてはどうにも成らないと思っていたようだ)。が、彼は、その後は政党政治家として力を発揮することになる。(大日本帝国憲法の起草・制定に参加した伊東巳代治関係文書による)。
  最終目標は、国民政治の確立である。
  国民の文化の促進を進めなくてはならない。国民を無知の状態にしておくと国力の増進に支障をきたす。人民の知徳を進め土台を固めることが、国力の増進の基本であると考えていた。
  人民の学力
智識の推進による、文化の誘導をすれば、人民も国家とは何か、政治とは何か、他国の政治はどうか、他国の国力はどうか、他国の兵力はどうか等、学問をする結果知るようになる、政治(支配)が良いかどうか、人民はその善悪を見分けることが出来るようになる。そうして黙ってはいないであろう。そこで圧力をかけて黙らせてことなど出来るものではない。   


'09.9.30.国際日本文化研究センター准教授・瀧井 一博氏

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