散歩道<3169>
講演会・立憲政治と政党政治・・伊藤博文の遺産(1) (1)〜(4)続く
最初に挨拶された、猪木所長の話が印象に残る。経済の研究を40年以上の期間やってきたので予想がつけることは大体出来るが、最近の政治の流れを見ていると、全く予想がつかないというのが本当のところであります。そのような時に、このようなテーマの話を聞けることはありがたいと思います。 自分流に纏めた。
今年は伊藤博文没後100年、また、大日本帝国憲法を制定後120年になる。しかし、これを作った彼のイメージは芳しくない、(軽佻(ちょう)・浮薄)で哲学とは縁の遠い存在である。そのことは(見方を変えれば)実行力があったともいえる。かれは大変な読書家であった。彼の書いた物や著書は自宅の火事のため残された資料は殆どないと言われている。彼を知るのは、当時、彼の家に下宿していた、岩倉使節団で、津田塾の創設者である・津田梅子*1の著からである。それによると、彼はデモクラシーの思想家であったド・トクヴィィルの思想を信奉していた。すなわち、国民政治の唱道者であったのだ。しかし、デモクラシーの光と影の部分 *2に興味を強く持っていたと思われる。今日の講師(瀧井先生)は、調査してみて、彼は権力者ではあったが、むしろ国民のために尽くそうと考えた文官の代表であった。『(軍官の力を削ぐように努力した政治家(シビリアン・コントロールの先例を作りたかったと思われる。)』ではないかと講演された。
'09.9.30.国際日本文化研究センター准教授・瀧井 一博氏
関連記事:散歩道<1266>瀧井 一博氏・安部新政権を問う・憲法改正(3)、<2760>-備考、伊藤博文は、*2この国で光と影の部分を知ることになる。*1津田梅子も、この使節団であった。
'10.11.19.朝日新聞・瀧井 一博氏が「伊藤博文」(平凡社)で、サントリー学芸賞「政治・経済部門」受賞・おめでとうございました。2010年11月17日