散歩道<3120>
opinion・09政権交代・民主党で大丈夫か (4) (1)〜(4)続く
なぜ自分たちか、まず胸に刻め
○○
この種の社会像を理解可能な形で提起するためには、政治家が生きた言葉で自らの理想を語らなければならない。新政権への期待が高いうちにビジョンを語ることは出来るはずである。
そのためには、少なくとも国会や国際会議での演説の原稿を政治家自身、および政治家が個人的に任命したスタッフが書くという原則を譲るべきではない。従来の政策との整合性、継続性などと官僚が口出しをしても、聞く必要はない。そもそも、この政権は政策を転換するためにつくったのである。政治家が遠慮してはならない。
今回の政権交代を契機に、日本に本当の意味での競争的政党政治を確立する必要がある。民主党が単に自民党にとって代わって永続与党を目指すのでは、意味はない。大勝したばかりの民主党にとって、自らが再び野党になった時のことを視野に入れて新しい政党政治の慣行、いわば21世紀の「憲政の常道」をつくり出すことが、むしろ急務なのである。
新しい「憲政の常道」は、次のような原理から成るべきだと考える。
第1は、多数の専制に対する自制である。民主党が野党時代に、政府を追及しても、まともに質問に答えないまま審議時間だけが過ぎていく、という不満をしばしば聞いた。ならば、民主党政権の下では、野党のまともな質問には丁寧に答え、論戦を復活させねば成らない。
第2は、第1の点とも関連するが、野党を尊重することである。例えば比例代表部分の定数削減という公約はむしろ棚上げにして、与野党で新たな議会政治の慣行づくりに取り組むべきである。
第3は、批判的なメディアの自由な活動である。そもそもメディアは権力を監視し、批判することが本来の任務である。権力を取れば、メディアの厳しい批判を受けることが運命だと、民主党は覚悟しなければならない。
自民党が、深い反省の上に再び政権奪還に取り組む姿勢を整え、政治の世界で多事争論が花開く時、日本の政党政治はようやく本物になるのであろう。選挙だけが民主メディア政治ではない。国民の多様な参加が政党政治を鍛えていくのである。
'09.9.3.朝日新聞 北海道大教授 山口二郎氏
関連記事:散歩道<検>政治、<検>社説、
![]()