散歩道<3107>
経済気象台(487)・この国の将来の姿は
この国の将来はどのようなものになるのか。選挙を機会に考えてみるが、わが国の豊かな将来の姿はどうにも思い描けない。税収さえふんだんにあれば経済回復のための施策も、国民誰もが満足いく福祉や教育も、将来の成長のための布石も可能なのだろうが。
税収が限られる中で歳出のムダをどこまで減らせるのか、何を優先的に実行するのか。あるいは将来の税収増を前提に、借金してでもいろいろな施策を打つのか。成長すれば勿論税収は増えるが、どういう道筋で経済を再び成長軌道に乗せるのか。それでも足りないときにはどうやって税収を増やすのか。それがわが国の豊かな将来につながるのか。国民が幸せを感じられるの国の姿と、そこに向けての処方箋(せん)が明確にならない以上試行錯誤を覚悟するしかない。
今後経済が回復したとき、大企業はかってのように、ひたすら借金を減らし余剰金を蓄積しなければならないのか。もう少し利益を税金に回したらどうなるのか。庶民からすると驚くほどの高給を取っている人、もう少し税金を納めても生活に困ることはないだろうに。亡くなるまでに多くの財産をためた人、自分の子供たちだけに遺(のこ)さなくてもいいのではないか。かって高度経済成長期を謳歌(おうか)してきたお年寄りは「もう自分たちは十分だよ。それよりもこれから担う人たちのことを考えてやってよ」とは思わないのだろうか。
皆が自分のことだけを思わずに国全体、国の将来、そして後にくる人を思う、そんな社会になったら税金ももっと将来のために使えるだろう。そして我が国の将来の姿も見えてくるのではないだろうか。それは無理な相談というものだろうか。
'09.8.27.朝日新聞