散歩道<3092>

                       NHK・TV・女王・クレオパトラの謎発見、妹(アルシノエ)の墓、顔復元。(2)
                     エフェソスの遺跡・当時2万5千人の観客が収容できるといわれる野外劇場
                           

 この骨は炭素分析の結果、クレオパトラが生きていた当時(BC69-30)と重なる。しかし、この骨には頭の部分が以前に発掘された1929(ドイツ)探検隊により持ち去られていた。しかし、当時の頭蓋骨の大きさや形、横向き、鼻の形、また上から見た、こと細かにミリ単位で記述された写真と資料が、ウイーンの図書館に偶然残されていることが分かった)。その頭と顔の形をイギリスの専門の先生がコンピューターグラフィックにより再現することに成功した。
 そこから分かったのは、妹アルシノエは、エジプトとギリシャ人との混血であった(姉妹である
王家と繋がるクレオパトラも同じである)。
 クレオパトラはローマとの
エジプトを運営する為に融合を考えた、それに反対し、エジプト中心に、この国を運営していこうとしたアルシノエが対立し、政争に巻き込まれることになる。政争に負けたアルシノエは、一旦ローマに連れて行かれたが、幽閉の身としてローマ軍の管理の元にエフェソスに送られる。
 クレオパトラは最初はカエサルと組んだが、
カエサル死後、次にアントニウスと組みエジプトを運営した。そのアントニウスは、クレオパトラの要請により政敵であるアルシノエを毒殺したといわれる。その彼もオクタビアヌスによって滅ぼされ(BC30)、エジプトはローマの支配下になる。

 エフェソスにあった図書館には当時1万5千冊の本があったと伝えられている。2010年12月8日

備考:私がエフェソスを観光したのは、2003年です。この時はガイドからも、この話は全くありませんでした。しかし、この時買った、”栄光の古代都市・エフェソス”の小冊子に、八角堂の墓室に、18〜20才とみられる若い女性の骨*1が残っていたと、それと考えられる文章が紹介されている。

関連記事:散歩道<240><245>ギリシャ・エーゲ海クルーズ、アレクサンドロス大王に関しては<242>から、
関連記事:クレオパトラがアルシノエを殺したことに関しては、オクスフォード大学の図書館の「ユダヤ古代書」に記載されている、又、頭の色々な角度から調べた調査結果は、オーストリア大学の図書館にその詳しい内容が詳細に記述されたものが残されていた。2009年12月26日