散歩道<3091>
       NHK・TV女王・クレオパトラの謎発見、妹(アルシノエ)の墓、顔復元。(1)     ・・・・・発想を変え
    エフェソスの遺跡・左は、八角堂の遺跡があると思われる周辺、右は、公営アゴラ(広場・市場)のあったところ。                           


('09.8.27)この番組は多くの人が見られたと思う。現在でもエジプトの女王・クレオパトラに関するものはコイン以外には何も発見されていないといわれる。この話は、全く偶然にオーストリアの考古学者により2008.トルコ・エフェソスの遺跡の墓からクレオパトラの妹(アルシノエ)と考えられる*1女性の発見された。顔も復元することがなされた。
 ここからは、学者の先生達が
(科学的な分析や、世界中の図書館に残された当時の資料や、文献から)推理され、話は弾むことになる。
 当時、ここ
エフェソスでは、男性だけがだびにふされ、まして女性の骨が残されていることはなかった。調査して解った事は、この骨は成人女性のもので、異国の高貴な女性と考えられた、骨も、棺(ひつぎ)の中に残っていた。崩れた墓の遺跡に掘られた文字や模様を修復し元の構造物として再現され時、8角形の台座と型(八角堂)をしていた。この模様や形は、当時のエジプト・アレキサンドリアの港に建っていたと考えられるもの(燈台)(世界一の高さを誇る、120bの8角形の形をしたフラロアの燈台)と同じ形である。
 その墓エフェソスの場所も、
当時の街の中にあり、民衆から大切に葬られた相当地位の高い女性と考えられた。(現在アレキサンドリアの海中に沈んだ当時のスフインクスの像や、柱、アンフォラの壷*2(ワインを詰めて輸出する為に使われていた。そこに彫られていた文字には、生産地はローマのワイン工場で作られたものであると記されていた)等が引揚が行われ、研究が進んでいる)。
 そのようにこの港
アレキサンドリアは当時から交易の中継港として現在まで栄えているのである。ギリシャやローマとエジプトは交流が盛んであった。古代ギリシャの数学者・アルキメディスや数学者ユークリッド2世紀の天文学者プトレマイオスは、アレキサンドリアの学校で勉強したと言われる。

備考1:私がエフェソスを観光したのは、2003年です。この時はガイドからも、この話は全くありませんでした。しかし、この時買った、"栄光の古代都市・エフェソス”の小冊子に、八角堂の墓室に、18〜20才とみられる若い女性の骨*1が残っていたと、それと考えられる文章が紹介されている。

備考2:この話で、散歩道<254>講演会・赤沢教授の「シリアを歩んだ30年・中東の嵐を考える」・ネアンデルタール人(化石人類)を思い出した。化石人類には埋葬の習慣があった。ここでは遺された骨からコンピュータグラフイックにより、ネアンデルタール人の歩く様子や顔、身長、体つきが再現され、現在に蘇った姿が印象深かった。2009年9月10日

関連記事:散歩道<240><245>ギリシャ・エーゲ海クルーズ、アレクサンドロス大王に関しては<242>から、<533>*2アンフォラ踊るサキュロス<2834>-4,*2アンフォラ、踊るサキュロス