散歩道<3063>                      
                          面白い文章
半藤一利様(24)・21世紀への伝言(文芸春秋)から 


                   1、間違って地球に落ちた・新兵器「V1号」の発射1944(昭和19)年6月

 「宇宙旅行のためなら、悪魔と手を握ることさえいとわない」。ドイツのロケット工学者フォン・ブラウンはそう広言してはばからなかった。
 その彼が中心となって開発をすすめたジェット推進「V1号」が、ロンドンに撃ちだされた。人類が初めて作った時速6百キロで飛ぶ高速大型爆弾である。Vは「報復」の頭文字で、連合軍のノルマンデー上陸の仕返しを意味した。1944(昭和19)年6月15日、ロンドン市民は悪魔の飛来におびえきった。
 さらに3ヶ月後の九月に、まさに彼がつくった超音速・防衛不可能のロケット弾「V2号」が、ロンドンを襲い、死と破壊と恐怖とを撒き散らした。
 フォン・ブラウンの関心事は、戦争がどうの、地上の主権がどうのというよりも、常に宇宙の無限にあった。ロケット弾の成功には満足しながら「間違って地球に落ちたのが不満だ」と友人に語ったという。
 戦後、アメリカに帰化し宇宙開発のアポロ計画で、彼は自分の夢を満たした。


                 2、「パリは燃えているか?」・パリが解放された日・1944(昭和19)年8月

 一九四四
(昭和19)年八月二五日午前八時、ドイツ軍のパリ地区軍司令官の極秘テレスプリプターが、国防軍最高司令部からのヒットラーの命令を打ち出した。
 「破壊は開始されたか」
 軍司令官コルテッツ大将はパリを愛し、フランス文化にあこがれを抱いている。彼は破壊命令を容易にだそうとはしなかった。
 いっぽうで、パリ市民350万人の解放の喜びは、いまや街中にあふれようとしていた。ルクレール将軍が指揮するフランス装甲車部隊が、前夜に、すでにパリ市内の一角に突入してきている。教会という教会の鐘がいっせいに鳴りひびいた。ドイツ軍占領下の4年間をすごしたパリは、いま解放されようとしているのである。
 午後三時すぎ、コルテッツは、パリ市庁で淡々として降伏文書に署名した。そのころ、ヒットラーは国防軍最高司令部でくりかえし怒号をつづけていた。
 「わしは知りたいのだ・・・・・パリは燃えているか?」
 パリは救われていた。
                 

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