散歩道<3046>

                    opinion・私の視点・政府は情報公開し説明せよ(1)             (1)〜(2)続く
                             核密約問題

 対日講和条約の交渉を担当し、1950年代にアイゼンハワー政権で国務長官だったジョン・フォスター・ダレスは、日米関係の課題は「われわれの好きな場所に、我々の好きなだけの期間、我々の好きなだけの軍隊を駐留させる権利を手に入れることではないのかね」と側近にかたった。
 「核密約」をめぐる一連の報道でその言葉を思い出した。ダレス発言は戦後の日米関係に潜む赤裸々な権力政治の要素を示している。根底には、占領期に享受した種々の特権や権利、それに日本本土や沖縄における行動の自由を、太平洋戦争の勝利品として当然のことのように継続的に保持しようとする考え方がある。
 米政府は、日本との安全保障問題の交渉において、「従来の慣行」の維持という論理を展開し、圧倒的な力を背景に日本政府に様々な要求を重ねてきた。しかし、日本国民は、戦争の歴史と被爆体験から、平和主義を強く信じ、核兵器を否定する強い感情を抱いていた。米政府の要求と国民感情の板ばさみになり、日本の指導者は針のむしろに座っているような状態にあった。外務官僚と政権を担当した保守政治家は、安全保障が国民的・政治的論議になることを恐れ、「密約」を選んだのである。政府は国民に情報を正しく伝え啓蒙
(けいもう)する義務を怠り、半世紀近くも二枚舌を使い続けた。密約をしらされてこなかった国民は、核兵器を積載した米海軍艦船が在日米軍基地に入港するたびに、米国が日米安保上の義務である事前協議制度を無視し、日本国民を「ごまかしている」と受け止めても不思議ではなかった。
 

'09.7.30.朝日新聞大阪大教授・松田 武氏