散歩道<2995>

                      日本@世界・「追いつき、追い越せ」脱却を(3)                     (1)〜(4)続く

                        「危機の20年」の出口は

 ○ ○

 「危機の20年」は、80年代になっても、戦後の欧米に「追いつき、追い越せ」成長戦略の次の国づくり構想を提示できなかったところに起因する。バブルがこの失敗の原因でもあり結果でもあっただろう。
 「追いつき、追い越せ」時代、企業の終身雇用制度・年金、女性の家事・介護、公共事業による地方の雇用創出を中軸とする成長モデルは、格差を抑制し、成長活力を育み、社会安定をもたらした。ところが、90年代の低成長とグローバル化の時代、企業リストラと男女共働きと財政・市場規律が要請され、このモデルは根底から揺らいだ。
 政治家は、選挙改革(細川内閣)、行政改革(橋本内閣)、構造改革(小泉内閣)と「改革」を叫び続けたが、国民はその成果を実感できないまま、中曽根康弘元首相が言うように「改革という言葉はくたびれてしまった」ように見える。08年秋の世界金融危機後、小泉改革は、米国の”強欲資本主義”モデルの亜流とされ、いまでは「格差拡大の元凶」扱いだ。
 しかし、グローバル化は米国に加え中国やインドにも駆動され、その挑戦は続く。それを取捨選択しつつ、活用し、人材と産業の国際競争力を高め、国富と雇用を生み出し、生活の質を向上させなければならない。改革に「くたびれる」余裕は、日本にはない。なかでも、次のような改革は待ったなしだ。 ▼社会的公正と自由市場経済をより深く結びつける。 ▼雇用と労働の場を、安心して働け、人材を育て、ニーズに柔軟に応える市場と制度に代える。 ▼環境とエネルギーを、低炭素かつ太陽経済本位に替える。要するに、日本も含めグローバル化する市場と資本主義の革新そのものである。それにどこまで建設的に参画できるか、が問われている。

'09.7.2.朝日新聞・本社主筆・舟橋洋一氏
関連記事:散歩道<検>言葉「失われた10年」<検>言葉グローバル化