散歩道<2977>
世相(127)・京都芸術大学管打楽専攻生による音楽会と考えていた全く別のこと ・・・・・発想を変える
'09.6.21.この音楽会は、京都芸術大学管打楽専攻生による、親子で楽しむ名曲コンサート”ウエステイ音暦・初夏”である。出席者はどちらかいうと親の方が多いようだ。大学での成果を多くの観客のいるところで演奏できることは楽しい事だと思う。2部では創作成果が試された。
曲目によっては、小学校で謳った小学唱歌モツアルトの「キラキラ星」や、ドレミの歌が紹介されている、恐らく明治初期に日本に入った外国の曲はこの様な幼児の教育から中学、高校、大学と、徐々に一般国民に普及し定着していったのだと思う。
2部のプロコフィエフの「ピーターと狼」では司会、ナレーション、による楽器と音や声の解説がなされた。子供たちが今後、音に関心を持ってくれるようになるのか、それへの挑戦のように思える。指揮、フルート、オーボエ、イングリッシュ・ホルン、クラリネット、コントラ・ファゴット、トランペット、トロンボーン、チューバ、打楽器、マリンバ、バス・マリンバ、ヴィブラフォン、小太鼓等だ。
これは言葉でも同じで、散歩道<662>明治文化人の訳業や、<663>明治文化人の造語能力にあるように、「言葉」が、徐々に社会に普及していったのであろう。
この音楽会を聞きながら、全く別のことを考えていた*2。それに比べて、現在の情報機器の一般社会への普及は、それらの段階を経ずして一気に日本国中に情報のみが普及したことに問題がある。それを教える施設も、国からのアドバイスもほとんどなかったに等しい。会社に任せ切りであったように思う。その時期に、(会社)組織におられなかった人にはよくわからないうちに、世の中が何時の間にか進んでいってしまう思うような感じを持たれ、そこから取り残されていくような疎外感を感じられたのではないかと思った。それは高齢者が今の世の中の変化が、よくわからないうちに進んでいるような疎外感の様子と似ているように思う。
関連記事:散歩道<520>*2、備考・全く考えていた別のこと、セ・パプロ交流試合、<.2433>打楽器専門の音楽会、<検>音楽会・音、
備考:<163>-2、昔の唱歌、昨日聞いた、<2975>林田明子さんのリサイタルにも我々が、小学校当時に聞いた何曲かあった、外国の元歌のある部分を編曲されたものである。「山田耕作の庭の千草が」歌われた。