散歩道<2968>
面白い文章(91)・100年を一度に見た面白い日であった ・・・・・発想を変える
今日は100年を一度に見た(会えた)気がするような面白い日であった。まず、先日の美術展の個展に招待頂いた先生にお礼に行き、そこで近々、東京での美術展の予定と、意気込みを聞く、私は余り張り切りすぎないで欲しいと希望する。患者待合室で、そこに飾られている3代前の歯科医の祖父の写真に会う、院内の様子や立派なひげの様子で明治末期〜大正初期の雰囲気を感じる。
また、北浜の旧三越後の場所は、38階立てのマンションに代わっていて私が勤務していた建物も他の会社の本社が入っていた、受付で挨拶だけはする。出入りする人も様子は違うが、どこか同じ業界であることで、特に違和感はないが15〜16年の時間の経過を感じる。また、堺筋通りの文房具屋(最近このような店は多く見られる・デスカウントショップ)には種類も、大きさも各種、ありとあらゆる関連商品がそろえてあり、こんな店があったら皆の(仕事面での)生活はどのように変わっていただろうと想像した。(特にこの店で感心したのは、私がこのようなものがあれば買いたいと、どこかの店で言った、そのものが売られていたので余計に意識したのだと思う)。
また、今日は、サラリーマン当時の業界のOB会の総会で、場所が御堂筋の大阪ガスビル*2の8階の会場には、1913年当時の日本髪の仲江さんの姿や、ウエイトレスの着飾ったファッション、室内の様子の写真、当時使われたいた陶器類が飾ってあり、当時がしのばれ、実に懐かしい。
今日の会場には常連のベテランの参加者は少なく、この会の新しい人メンバーになられた人が4分の1ぐらいである、何しろ接点がないのでどうもお互い、話に入っていくのは難しいものだ。昔の紙鉄砲のように自然に押し出されていく(引退していく)のも自然なことだと感じたものであった。(えらく達観したような自分らしくない思いに、これはよくないと反省した)。
実は昨日、書類を整理中に、昭和4年(1929)の国際写真情報を見つけ、そこになんとも珍しい、若い日の昭和天皇の姿や、浜口内閣の各大臣や、東郷元帥(4685)、渋澤栄一(2304)さん、後藤新平さん等や1799年シベリアの北海の氷の中から発見されたマンモス*1の写真、昭和4年の野球の早慶戦、にお目にかかった想いが少し残っていたようである。(1903年が初めての早慶戦、1925年に東京六大学野球が始まった)。
関連記事:散歩道<533>*1愛地球博、<検>美術展、<4026>*2だまし絵の話・横綱級を発見、