散歩道<2956>

              GM破綻と車社会の光りと影  米が生き方探る転機に(2)           (1)〜(3)続く                

              写真はR66の店に飾られた1950年代のマーキュリーと女性の人形写す


文化風景も一変
 アメリカは国土が広大なうえに居住地が点々と散らばっており、それをつなぎ合わせる文明の機関が必要だった。鉄道は発達していたけれども、小回りが利かぬ。そこへ自動車が出現し、人も政府も飛びついたものだった。そして文化風景までも一変することになった。
 泥んこの田舎道が急速に舗装され、どんどんのびた。それにつれて野外のレクレーションや楽しみの旅が盛んになり、アメリカ人の国民性ともいうべきモビリティ(移動癖)はますますたかまる。それを助ける産業も興り、道路脇にガソリンスタンドが並び、レストランやモーテルが派手な姿を現す。ついには都市と周辺がくるまで結びつき、メガロポリスも出現する。私は1959年にはじめて渡米留学したが、アメリカ文化で最も驚嘆したのは無限にのびるインターステイトーハイウェイーのすばらしさと、そこをはてしなく連なって走る豪勢な車の群れだった。
 1953年、GM社長のチャールズ・ウイルソンは、アイゼンハワー政権の国防長官就任の時、「国にとって良いことはGMにもよいことであり、逆にGMによいことは国にとってもよい」とのべた。恐ろしく高慢な言い方で、すぐに激しい批判もあびたが、共鳴する人も多かったのではなかろうか。

 

'09.6.8.朝日新聞 東大名誉教授・亀井 俊介氏

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備考:我々が日本で外車(アメリカ)を見た、1962(s47)当時は、外車はガソリンを撒きながら走る車であるという見方をしていた。