散歩道<2923>
あしたを考える・核なき世界へ・オバマ演説から始まった(2) (1)〜(3)続く
根底に核テロ対策「開発の口実与えない」
原点・人脈 上院時代に
オバマがこうした考え方を表明するようになったのは、最近のことではない。大統領選に意欲を示す一議員にすぎなかった07年10月、演説で「核のない世界を目指す」と明言していた。このときすでに「北朝鮮やイランのような国に(核開発の)口実を与えるのは、もう辞めるべき時だ」と説いていた。その原点は、オバマが連邦議会上院の「1年生」だった時から、ブッシュ政権与党だった共和党の長老らも巻き込み、核不拡散に関する議員立法に携わった経験にある。オバマは04年11月に上院に初当選した後、外交委員会を希望した。当時の委員長は共和党のリチャード・ルーガー。冷戦後、民主党の元上院軍事委員長サム・ナンと一緒に、旧ソ蓮の核などの安全管理を支援する「ナン・ルーガ法」を作った人物だ。05年8月にはこの法律に基づく支援措置の視察で、ルーガとオバマはロシアなどを訪問。帰国すると2人で、核の盗難防止や探知・奪還措置を支援する「ルーガー・オバマ法案」を提出し、07年に成立させていた。一方のナンは同じ07年,超党派の立場で核廃絶を求める論文を出して話題を呼んだ、キッシンジャー元国務長官ら「4賢人」の一員でもある。冷戦下で抑止論を推し進めてきた長老たちのこうした宗旨替えなしには、オバマの核廃絶宣言もありえなかった。オバマはこの年、上院外交委の共和党メンバーだったチャック・ヘーゲル(09年に議会を引退)とも、核不拡散法案を共同提出。そこに盛り込まれた包括的核軍縮の構想は、オバマが大統領選で掲げた核政策の基礎となった。08年12月に「グローバル・ゼロ」という核廃絶をめざすネットワークを発足させた中心人物の一人がヘーゲルだった。今年4月の米ロ首脳会談の直前、オバマに書簡を送り、START1の後継条約交渉の即時開始を求め、核廃絶を目指すよう促していた。オバマはプラハ演説に、こうした考えをそっくり採りいれた。
'09.5.20.朝日新聞
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