散歩道<2902>
面白い文章(20)-1・半藤一利様・21世紀への伝言(文芸春秋)から
1、国連憲章が調印さる・「戦争の災害から新しい世代を・・・・」・1945(昭和20)年6月26日
この日は国連デーにもなっている。1945(昭和20)年6月26日、サンフランシスコのオペラハウスで国際連合憲章の調印が行われた。参加国家は50である。
このころ日本帝国は、連合艦隊は全滅、沖縄も陥落し、降伏寸前で最後の抵抗を続けていた。
そのときに、戦争の災害から新しい世代を救い、基本的人権を再確認し、条約や国際法を尊重し、社会的進歩をはかり生活水準を向上させることなどを目的とする国連憲章を、世界50の国がこれからの世界の理想のあり方として、喜んで受け入れていた。一億玉砕で戦う日本が、関知しない事であったが・・・・。
戦後日本は、6年後に同じオペラハウスで、対日講和条約の調印をする。そしてやがては許されて、すでに出来上がっている国連に加盟する。なんとなくトントンといったために、日本人はほとんど国連憲章に無知である。この日を記念して目を通してみるのもいいかもしれない。111条もあって読めないよ、などといわずに。半藤一利様
2、初の人気スター・ベストテン・「第一位は高峰秀子」・1950(昭和25)年12月27日
年末ともなると恒例として、色々な分野で、ベストテンが選ばれる。日本人はこれが相当好きらしい。元をただせば相撲の番付けににある。番付けを真似て、いがみあったり、妬(や)いたりしないように、昔は東西に分けて少しでも多くの人を選出していた。それが戦後になると、ベストテンと横文字になった。アメリカナイズされたお陰であろうか。
さてでは戦後の人気スター・ベストテンの始まりは?というと、1950(昭和25)年12月27日に毎日放送が発表したのを最初とする。しかも日本と外国ごちゃまぜに選出された。近ごろの若者たちには縁なき男星・女星であろうが、これも歴史記念にと思い列挙する。
第一位が高峰秀子。以下ゲーリークーパー。イングリット・バーグマン、原節子、小暮実千代、長谷川一夫、三船敏郎、高峰三枝子、ボブ・ホープ、上原謙。
若者よ、何人知っているかね?一人もいない!さもありなんか。半藤一利様
関連記事:散歩道<検索>面白い文章・半藤一利様、
備考:平成23年1月高峰秀子さんが逝去された、ご冥福を祈ります。