散歩道<2881>
世相(117)・この人にときめき・画家・安野光雅さん・・・・随筆 ・・・・発想を変える
1、安野光雅さん画家・島根県津和野出身、津和野に安藤さんの美術館も最近できた。毎年小学校当時の同窓会には参加されるらしい。今は奈良の風景を描き続けられているという。そこで見つけた人は、絵の中に描き加えていかれるらしい。(だから動いている人が2度描かれることもあるという)。自然も、心も自然な状態が一番いい。長期に亘り小さい頃のイメージ(山、川、森)*3を大事に持ち続けておられるらしい。故郷は遠くありにけり、まさにこの言葉は名言だ。
「100年に1度の経済危機」とは何ですか。誰がそんなこと言ったのです。これは一攫千金を得ようとした世界の投資家や投資会社、企業の思惑が大いに外れたことによるもので(世界中に大きな影響を与えた)。しかし、日本が戦後(64年前に)体験した、全く物が無かった時とはまるっきし違う。それをこのような言葉で表現するのは適当でない。話の内容はこうだ(この番組を全部聞いていたわけではないが)、戦後は日本国全土が焼け野原で(今のイラクのような状況)、何も食べるものはなく、食べるものを求めて、市民は田舎に買出しにいったり、都会の人は、衣服を売っては米や野菜など食べるものと交換したものだ。列車は買出しの人でぎゅうぎゅうずめ、その闇米(やみごめ)取り締まる警官との争いごとが駅で何時も繰り広げられていた(これは私も見た)。勿論、自動車など、全然なく、田舎には見る機会もなかったのだ。安野光雅さんの言ったこの話には、共感できる。
2、日本国民にとって、物質的に明治以降も、恵まれた時代が殆どなかった*4。裏付けのない投資話には中々飛びつきにくいものであるようだ。
何時の時代であったか(まだ私が高校生ぐらい1956年頃?(恐らく)の時代であったと思う)、貯蓄することは正しくない、消費することこそ正しいのだと、いう考えが世の中の風潮になった時期があったが、この言葉に、世の中の考え方が変わっていくのだと思った時もあった。
日本が大幅な黒字になると必ずのように為替レートの変更により黒字幅は減少させられた。いつも日本はアメリカから、損をさせられていると感じていたのを、今、思い出していた。
自分の経験でも、中学時代まで(1954年頃)に、バナナは一度、コーフィーも一度飲んだきりである。カレーライスに卵があるのはデラックス・カレー*1と真(まとも)に考えていた。(これが1951〜55年代までの一般市民の生活であった)。
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備考:安野光雅さんが、'12.10.31.文化功労賞に輝いた。おめでとうございます!
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