散歩道<2872>

               opinion・私の視点・空気の読みすぎ・社会を萎縮させる同調圧力(2)                (1)〜(2)続く

 もちろんコミュニケーション能力も人間の能力の一つではある。だから、それが評価基準の一つになることは当然あっていい。とはいえ、コミュニケーション能力をめぐる過当な競争は、人間関係にひずみをもたらすだろう。引きこもりは、社会のなかで要求されるコミュニケーション能力があまりに高いため一度他者とのコミュニケーションにつまずくと、なかなか新たなコミュニケーションに踏み出せなってしまうことから生まれる。
 引きこもりまで行かなくても、周りとのコミュニケーションのなかで自分がまともに相手にされなければ、誰だって心を閉ざしてしまい、内にこもりがちになるだろう。コミュニケーション能力をめぐる競争が激しい社会は、それにつまずいてしまった人にとても冷淡だ。
 また、いじめは、子供たちのコミュニケーション能力の欠如から起きているのではなく、逆に、みんなが空気を読みすぎることで生じるストレスのはけ口を特定の人間に向けることで起きている。こうしたストレスや重圧は、子供に限った問題ではない。空気を壊してはならないという圧力は、人々にコミニュケーション能力をさらに要求するだろう。しかしそれが進めば、社会のなかで同調圧力が強まり、社会そのものが萎縮
(いしゅく)してしまうだけである。

'09.4.9.朝日新聞・津田塾大准教授・萱野 稔人氏

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