散歩道<2871>
opinion・私の視点・空気の読みすぎ・社会を萎縮させる同調圧力(1) (1)〜(2)続く ・・・・・発想を変える
いまはコミニュケーション能力が過剰に求められる時代である。職場でも学校でも、あるいはもっとプライベートな空間でもいい。あらゆる人間関係において、自分の価値を認めてもらう為には高度なコミュニケーション能力が必要とされる。書店に行けばコミュニケーション能力を高めるための自己啓発本があり余るほど出ているし、わざわざそのための学校に通う人もいるほどだ。
確かに、いまの産業のあり方を見ると、コミュニケーションが富を生み出す経済活動の中心に来ていることがわかる。製造業は人件費も安い海外に工場をどんどん移転させ、国内に残っているのは、マネジメントや企画、研究開発、マーケティングといった本社機能的な仕事ばかり。そこでは、組織をまとめあげる、アイデアをだす、交渉する、プレゼントする、ディスカッションをするといった、高いコミュニケーション能力が必要とされる活動がどうしても物を言う。社会のあり方が、工業中心からコミュニケーション中心へと大きく転換しているのである。
しかし、コミュニケーション能力が、人々の価値を決める独占的な尺度になることは、果たして健全なのだろうか。事実コミュニケーションべたで自己アピールにそれほど長けていなくても、能力のある人はいっぱいいる。私も大学でゼミを指導していると、ゼミの議論では目だっていてもリポートの出来はそれほどでもない学生や、逆にゼミではおとなしくても素晴らしいリポートを書いてくる学生に頻繁にであう。コミュニケーションの巧さと本人の能力は必ずしも一致しない。
'09.4.9.朝日新聞・津田塾大准教授・萱野 稔人氏
関連記事:散歩道<1383>寺島実郎・思潮21・時代の空気について(1)〜(4)、