散歩道<287>a

                            中坊公平様(2)・現場に神宿る           (1)〜(2)続く
                                 人を納得させる力

 適合するよりも自分の能力を上げるか、現場へ行って本質をどのようにして発見するか、その力を自分の物にする技を磨くことが重要です。その技とはなにか、第1に重要な現場主義から生まれてくる、なぜだ、と突き詰めて考えられる能力、そしてさらに不可欠な能力があります。大切な人を説得する力、意見をおしつけるのではなく、ああそうかと、人を納得させる力です。これがなければ仕事は出来ない。この力がどこから湧いてくるのかいうといえば、やはり現場です。現場に基ずいていると迫力が全く違います。現場がわかって話していると人には伝わるものなのです。それに対して話を聞く側として必要なのは連想する力です。人間というのは世界中皆基本的には変わらなういものだから、相手の言うことと自分の体験が連なっていれば連想作用が生まれ納得することが出来る。この2つの能力を磨くことです。どんな人間でも先は見えない、いつ自分に適合した仕事があるかなんて全くわからない。でも止まることなく、時は人を待たない、だから人間は否応なく左右を決断して動かざるを得ない。世の中というものは見通しのないまま実践できる力を必要とするのです。人に嘲り笑われようと、何としてもやろうという力があれば、世の中に出ても通用します、崩れない姿は人の心を動かします。今の日本人には無理をしないという言葉がすごくキーワードとして通つている全て自分中心で無理をしない。しかし、これはとんでもない間違いです。明らかのエゴの裏返しです。無理をしないと耐える力が失なわれていく、そうすると本当の意味の怒る、腹の底から憤る、心の底から喜ぶという感情が湧かない。何もかもが軽い、面白かった、素敵だったという程度の感情や、逆にむかつくとか、切れるとか浅い部分の感情で生きていくことになる。例えばサッカーの試合でも観客は椅子に座って一喜一憂している、そして終われば感想をいい、批評をする決して当事者にはならない。日本では政治も観客民主主義です。仕事だって泥をかぶるのではなく、何か世の中でいいといわれる条件の就職はないかと観客の目で探し続けています。主体意識を持たないから、何時までたっても自分の仕事かどうか分からない。無理をせずにやっていこうという日本国民は、目の前に解決すべき問題が横たわっていても、それを何とかする仕事は自分でやろうとは思わない。スマートな方法を選ぶ。私には深い危機感を感じます。仕事を得て生きていくのは一人では出来ません。まず中核となるペアがいります。価値観を共通にし、感性をともにする人を必ず探し出すことです。2つ目はパートナーです。自分を補充してくれる人です。3つ目は忠告してくれる人、真剣に誠実に自分のする事を見て、建前でなく本音で確信をついた意見を告げてくれる仲間です。司法の世界では多数決の原理から独立した役割を持っている、少数派でもその知識と現場の体験でもって法に照らして司法の道理を説く、多数決ではなく道理でという点で司法の独立は必要です。少数でも流れないために、本質を貫くためには、仕事をそうやって成されていくものでしょう。
'03,3.30-4.20朝日新聞、

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備考:'07.4.6.朝日新聞・中坊氏、弁護士登録請求